ピリ、と走った小さな痛み。僅かに顔を顰めたのを彼のサーヴァントは見逃さなかった。はあ、とため息を吐き、切嗣に口を開けるように言った。



 「マスター、ちょっと見せてくださいね」

 「へ、……―――――っ!」



 ぐい、とセイバーの手が切嗣の両頬に触れ、そのままセイバーは両中指を切嗣の口内へと突っ込んで、引っ張った。切嗣は小さな子どもでもあるまいとセイバーを咎めようとしたが、そのまま舌を触れられて、先の痛みが蘇る。セイバーの指が、切嗣の痛みの患部に触れたのだ。
 ビクリと切嗣の肩が震えたのを本人は必死に隠したつもりであっても、それをセイバーは見逃していない。このマスターは本当に嗜虐心を煽る。時折セイバー自身、己の忠義を見失いそうになると危惧している。切嗣に対して、もっと酷い事をしてみたい、例えば泣き叫ぶ姿を、絶望に嘆く姿を見てみたい。そんな感情を彼に抱くなど、騎士道が聞いて呆れる。



 「ひっ……ひは、…………へほ、ははへ」

 「ぷっ………キリツグは食生活が偏っているからですね。舌の先に、口内炎が出来てますよ…………くくっ」

 「……まあ、それもそうだけどさ。ていうかいつまで笑っているんだよ」


 
 口を開けられて言葉にならなかったのがそんなに面白かったのか、最初こそは堪えていたものの、堪えきれなくなったのか声を上げて笑い出したセイバーに切嗣は少しだけ居た堪れない気持ちになる。確かに普段から柔和な笑みを浮かべ、物腰は柔らかい彼だが、こうやって馬鹿笑いをしている姿を切嗣は初めて見た。
 普段のセイバーの凛とした印象とは違う、まるで同世代の友達か何かのようだ。尤も、そういった事には疎い切嗣には、それは情報の中でしか知らなかった事だが。



 「あははははっ……でも、これを機会に自己管理にも気を配って貰えたら、僕としても嬉しいのですが……ふふっ」

 「そんなに笑う事なのかい?」

 「ははは、………いや、――申し訳ない。つい……、可愛らしいなと思って」



 こほんと咳払いをしてセイバーが言い正す。まるで愛しい者を見詰めるような表情で言う物だから、切嗣は呆れたようにそういう事はご婦人を前にして言ったらどうだい? と提案してみたが、目の前のサーヴァントは聞く耳も持たずに告げた。



 「それに、確りと治さないと」

 「………………―――――っ」

 「キスするときに、痛いのは貴方ですよ?」



 先程までの様子はどこへやら。セイバーはいつの間にか切嗣の唇に人差し指を乗せ、笑っていた。それは悪戯を思いついたような、騎士である彼からは想像もつかないような表情で、切嗣はやっと彼の一様を掴んだような、気がした。
 じわじわと浸食して、痛い。触れられていない筈の舌に痛みが走ったような、そんな錯覚に呑まれながら。










Case:1
(優しく浸食する)