殺し合いをする間柄であったというのに、暢気に酒盛りとは。そう洩らしたかった切嗣の言葉を代弁してか、綺礼は「過去にもサーヴァント同士、酒を飲み語らったそうではないか」と笑った。仮にもその飲み語らった場の邪魔をしたのは自分の元サーヴァントだと言うのに、良く言ったものだ。この男は聖杯戦争を経て、随分結構な性格になったようだ。いや、これが言峰綺礼本来の姿だったのだろう。
 偶然だった。本当に偶然、夜道を歩いて居ると言峰綺礼と衛宮切嗣が対峙することになった。お互いに丸腰、しかし切嗣にとってはどう足掻いても分が悪い。相手の出方を伺いながらどう切り抜けるかを思案している切詞に綺礼から告げられた言葉は、あまりにも意外で、凡そ考えられない事だった。


「私にも一人酒が苦手な時期もあったのだよ、それを思い出してね」

「まるでそうには見えない」

 切嗣が率直な感想を述べれば綺礼は何が楽しいのかくつくつと笑った。カチン、とグラスが触れる音が静かな部屋に響く。こうして酒盛り――というよりは晩酌に等しいその奇妙な時間が始まった。





 身体が浮遊するような、まるで神経と脳みそが分離したような感覚に戸惑う。切嗣とて成人したての若者でもないのだから、それなりに自分の酒への耐性も把握しているし、無茶をしようとも思わない。現に目の前の男との奇妙な晩酌は、切嗣には明るくないカクテルの類が中心ではあったものの、そうアルコールの強さは感じない。薬を盛られたか、だがしかし身体が痺れている訳ではない。ふわふわと、浮かび上がる高揚感は、酒が回っているという事だ。自分の限界を見極められなくなるほどに自分は衰退したという事なのか、少しだけ切なくなる。とにかくこのままじゃ家に帰る事も困難になる。
 切嗣が立ち上がろうとしたその瞬間を見逃さないとばかりにそのまま引き寄せる腕にも抵抗できないくらいに、切嗣の身体は酒によって弛緩され、脱力していた。



「……ふ、あ……」



 ぴちゃり、ぴちゃり、と唇から唇へ、口内を捻じ込んで移される液体に、脳が焼け焦げそうな錯覚に陥る。両手で顔を固定してそのまま耳を塞ぐ綺礼に、切嗣の脳内では、淫猥な水音がやけにリアルに半濁される。歯列をなぞり、舌を絡み取られてしまえば、逃げ場がない。漸く解放された切嗣の唇からは、どちらのものだか分からない唾液と、アルコールの残骸が零れ落ちた。



「……は、あ…………あま……っ………」

「甘いものは苦手だったか?」

「……べ、つに……にが、て、じゃ、ない……」



 呂律さえも回っておらず、言葉自体が言葉として認識できていないのであろう。抵抗する事もなく、かといって怒りに震える訳でもない切嗣に綺礼の笑みは深くなる。切嗣は綺礼の膝の上に跨っている状態で、表情は溶けている。これはまるで情交のようだ、そう聖職者らしからぬ事を連想してしまうのも今更だと綺礼は思う。この歪みは今更で、それを受け入れたのは他でもない自分自身なのだから。



「……切嗣」

「…………ふぁ……」



 耳元で名前を囁けば、擽ったかったのか身をよじる。そのままもう一度、口づけを。深く深く、貪り喰い尽くすようなキスと、背中に回される腕に、まるで愛し合う恋人同士のようだと嗤い、融けた身体をソファへと静かに倒した。









唇から毒薬
(逃がさない)