――面白いものが見れるぞ、綺礼

 悪戯を思いついた子供の様に笑うかの英雄王、ギルガメッシュは、そのまま綺礼を綺礼の自室へと腕を引っ張っていった。人の部屋でこの王は何をしでかしたのか、そう考えるだけで少しだけその扉を開ける事が憚れる。自室の扉を開ける事に多少なりとも不安感を覚えるのは、きっとこの先にも後にもないだろう。隣で期待に満ち溢れた目で見ているギルガメッシュの視線も段々痛く感じる。さっさと開けてしまおう、その先に何があっても特に心を騒がせるほどの事はないだろうから。そう高をくくり、扉を開ける。そこに在ったものは。





 「衛宮、切嗣………?」

 衛宮切嗣が、そこには居た。ソファに座って、綺礼達を見詰める切嗣は、衛宮切嗣本人の筈なのだが、決定的な何かが足りない。まず、敵である綺礼とギルガメッシュを見ても殺気どころか警戒心すらないのだ。
 それどころか、切嗣は綺礼の胸に文字通り飛び込んで、抱き着いてきたのだ。

 「……こ、これは……一体どういう事だ。アーチャー」

 あまりの出来事に普段ならば動じない綺礼も動揺を隠せず、切嗣を振り払おうとした。何の冗談だ、そう言えば切嗣はいやいや、と頭を振る。綺礼は表情を一層に強張らせ、正しく硬直した。まるで小さい子供のようにしがみつく切嗣に、綺礼はついていけなかった。
 ギルガメッシュはそんな綺礼をにやりと笑いながら切嗣に問いかける。その表情は心なしか楽しそうだ。

 「雑種、貴様は今幾つだ?」

 「……よんさい」

 伏し目がちにギルガメッシュの言葉に応える切嗣の言葉に綺礼は漸く合点がいった。成程、これが面白いものとやらなのだろう、それにしても、――これはとんでもない遊興に付き合わされる羽目になった。
 つまり衛宮切嗣はその精神だけが幼児に退行した、という事だ。少し薬が効きすぎたな、そう悪びれる事無く笑うギルガメッシュに綺礼はとうとう言葉を返すことも億劫になった。






 「そう案ずるな、一日もすれば元に戻るであろう」

 「……戻らないと困るのだがな」

 遠慮がちに綺礼のカソックの裾を掴む切嗣は、どうやら綺礼に懐いたようだ。諦めて切嗣の隣に腰掛ける綺礼を見て喜ばしい事じゃないか、綺礼。とギルガメッシュが笑いを微塵も隠そうともせずに言う。綺礼は一瞬顔を顰めたが、隣に座る切嗣が少しだけ戸惑っている事に気付き、どう返答をすればいいのかが分からなくなる。師の娘のように勝気で自己主張が激しい者であれば扱いも楽なのだが彼はそうではないらしい、加えて容姿は29歳の衛宮切嗣のままだ。益々扱い方が分からなくなってしまう。

 「子どもは親の気持ちに敏感だと聞いた事があったな」

 「………………私は彼の親ではない」

 「気に入られたのだぞ? 喜ぶべきではないか」

 これ以上埒があかない問答を繰り返す気にもなれない。綺礼の気持ちを察したのか、後は好きに楽しむが良い、と言い残し気まぐれな英雄王は姿を消した。気を使ったつもりなのだろう。王のその余計な計らいに溜息をついて、横の切嗣を見れば、器用にも綺礼の服の裾を摘まんだまま眠りについている。

 「…………」

 無防備に睡眠に耽る切嗣は、少しだけ幼く見える。それが精神が退行しているからなのか、それとも元からなのかは綺礼には知る術がない。ただ、目の前の男が衛宮切嗣には変わりがなく、人並みな幼少期を過ごしたのだろうと思えば少しだけ口角が上がる。じわりと何かが広がるような感覚を覚える。虚無な心にお湯が注がれたような、暖かさを感じたのはきっと、隣で眠る体温の所為だろう。そう思い、綺礼は静かに目を閉じた。










変える、還る、帰る
(君の深くまで、)