街が眠りにつく少し前、とある学校の校庭にはその宵闇には相応しくない少年が二人立っている。彼らが普段通っている学校の校庭で、制服とも私服とも違う服を着た自分を、誰にも見られないように、と切嗣は心の中で祈った。尤も、結界を張っている為に誰かに見られる危険性はないのだが。
 切嗣が今着ているのは、ピンクを基調とした服の胸にはオレンジのリボン、フリルが付いたスカート、鳥の羽根のようなマントの先には十字架がついていて、羽根のような髪飾り。更にはステッキまで持っていて、まさにアニメに出てくる魔法少女のようだ。下にスパッツを履いているのがせめてもの救いだと切嗣は自分に言い聞かせる。そうでもしないと自尊心やいろんなものが損なわれるからだ。



 「いつも思うんだけどさ、どうしてこんな格好をしなくちゃいけないんだろう……」

 「―――――衛宮、後ろ」

 「え……う、わ……っ」



 綺礼が言葉を言い終える前に、切嗣の身体が宙に浮く。浮く、と言うよりは凄まじい勢いで高く持ち上げられるような状態だった。いや、実際に切嗣は、何らかの力によって宙に持ち上げられているのだ。それが海魔の類である事は今までの経験から切嗣は瞬時に悟った。手や足に絡みつくぬるりとした感覚は、曝け出している所為で嫌と言う程に伝わってくる。ああ、気持ち悪い。何故こんな格好で高々と上げられなければいけないのか。
 切嗣は少しだけ、己に降りかかる事柄を悪い夢ならばよかったと呪った。確かにその発端は切嗣自身の不注意であったのだが、とある人間の不注意も原因だった。だがしかしその元凶となる人間を責める訳にはいかなく、悲しい偶然に偶然が重なっただけの事だ。それを彼奴は運命だと嗤っていたが、運命なんて、そんな素敵な夢や希望に溢れた事ではない。こんな、こんな事は拷問に近いじゃないか。切嗣は小さく呪いを吐くように恨んだ。手の中のステッキは傍観を決め込んでいるようで、全く反応が見えない。



 「ちょ、お、い、黙って見てないでどうにかしろって……」

 「……状況判断は戦闘の基本だ」

 「ふざけ、んなっ」



 首を絞められている所為で上手く喋れないが、ぬるり、とその何本もある触手が下肢を這う。その感触がやたらリアルに感じられる。とにかく気持ちが悪い。水分を含んで、湿り気を帯びているのだから。触手は尚も切嗣の動きを封じたまま、下半身を弄るように這っていく。



 「……ひっ、」

 「そもそも助けを乞うならそれ相応の頼み方があるだろ?」

「…………綺礼……間違いでなければ、僕と君は仲間だよな?」

 「ああ、そうだな」



 きっと当然だと言うような表情なのだろうか、切嗣には地上に居る綺礼の表情が手に取るように分かる。切嗣にとって、綺礼に悪気がないだけに更に性質が悪い。ただ最近では切嗣が海魔の類に襲われているのを見ている綺礼が楽しんでいる様に思えるのは、気のせいだと言い聞かせる事にした。



 「コトミネ! お前も……返事くらいしろっ」

 「………マスターが助けを求めていたのは私だったのか、てっきりあの少年の方かと思っていたのだがな」

 「……っ、本当に最悪だな、お前」



 切嗣がかろうじて落とさなかったそのステッキに文句を吐くと、今気付きました、とばかりにのうのうと言葉を返してくる。悪態を吐く余裕もない切嗣に、ステッキは愉快だと言いたげに笑う。これは本気で楽しんでいるのだ、仮にもマスターである自分が敵に襲われている姿を見て悦に思う破綻者だ。現に今だって、楽しそうに笑っている。



 「そうだな、私としても楽しませてもらったからな」

 「は……?」



 切嗣の手の中のステッキが光る。そして、次の瞬間には切嗣に絡みついていた触手がボトリ、と落ちる。宙に上げられて居た切嗣は支えを失い、重力に伴い落下するが、それを受け止めたのは壮年の男性だった。その男は、切嗣を軽々と受け止め、地に降りたった。腕となる触手を斬られた海魔を、綺礼が仕留める。鮮やか過ぎる手捌きに、今までの茶番は何だったのだろうかと切嗣は気が遠くなる。



 「―――――満足したか? マスター」

 「最初からそうしろ……あと、早く降ろせ」



 きっと、この男には言葉を費やしても意味がないのだろう、と切嗣は半ば諦めていた。ただ、今の状態が膝裏に手を回し、背中を支える、所謂お姫様抱っこと呼ばれるもので、切嗣には耐えられないくらいに恥ずかしいものだった。アイリスフィール……、従姉妹が読んでいた少女漫画に似たような状況があったか、と現実逃避をするようにぼんやりと思う。ただ違うのが漫画の主人公は少女で、切嗣自身が男である事だ。にやにやと笑う男を睨みつけても意味はなく、やはり切嗣は自分の運命を呪うしかなかった。









キャンセル不可の運命
(こんなの絶対、詐欺だ)