飄々としていた貴方の表情が、痛みを堪えるように歪んだから。それがもっと見たくて、もっと、囚われて欲しくて。
だから今日も俺は愛しい人を騙している。





「六臂、機嫌が悪いのですか?」

「………………何で?」



目の前に座っていた同じ顔をした青年は、その端整な顔を少しだけ歪ませた。俺が分からないとでも思ったのだろうか。なんとなくですが、とだけ返せば言葉に詰まってしまったようだ。
六臂が言葉よりも態度で示すタイプなのかは知らないけど、気づけばふらふらと何処かへと居なくなってしまうのは割りと何時もの事だ。彼は兄貴分のような立ち位置であってもいまいち掴み所がない。だからこんなにも俺は、彼を縛り付けておきたいのだろうか。



「ま、ノロケ話を延々聞かされる身にもなってくれって事だよ」

「ノロケてなんかいないですよ」



彼はただの友人です。そう言い返せばはいはいと生返事を返される。本当の事なのに。確かにアレはアレで屈伏させれば楽しいかもしれないけれど、でも今の一番の興味は彼ではなくて、目の前の男なのだ。
全てを手に入れられる高位な自分にとって、すり抜けていく彼は興味深いし物珍しい。自分のものにとはいかなくても、少しでも側に置いておきたい。出来れば、全てを暴いてみたいけれど。



「……日々也」

「、――っ!?」



呼ばれて顔を上げれば、いつの間にか距離を縮めていた六臂に荒々しく唇を奪われた。強引に口内に舌を捩じ込まれ、歯列をなぞられる。舌を追い掛けられて、絡め取られてしまえば、口付けだけで凌辱されているかのような錯覚を起こしてしまうくらいだ。それ程までに倒錯的で、扇情的だった。
離れていく唇が惜しいとさえ思ってしまうが、チリッとした痛みに我に帰る。態と噛み付かれたようで、うっすらと血が滲んでいる。



「っ、……何を、する…んですか、」

「あんまりでっかいネコ被ってると、そのうちそれに食われちまうぞ」



王子様、と付け加えるように笑った男はコートをだらりと羽織り、部屋から出ていこうとする。そんな彼を、情けなくも見送ることしか出来ない。手を伸ばそうにも、どう引き留めればいいのだろうか。
どうしてだ、これじゃあまるで、俺がその先を期待していたみたいじゃないか。



「それとも、別の意味で食われたかったりする?」



振り返り、嘲笑う男に、自分の中の何かが崩壊したようなそんな気がして、言葉の代わりに小さく頷いた。










プライドと理性
(こんなにも容易い)