平和島静雄は死んだ。
それは高校三年の五月の暖かい日であり、七月の暑い日であり、十二月の寒い日だった。平和島静雄は高校三年の一年間のどこかで、必ず命を落とした。
それを運命と言い切れればどれほど簡単なんだろうか。ただ、確実なのは、高校三年の平和島静雄は、理由はどうであれその短い命を終えると言う事だった。
歩道に飛び出た子どもを庇う、鉄柱が脳天を貫く、他校の不良に絡まれる、ありとあらゆる力を結集させているかのように、平和島静雄は死んだ。



「屋上でサボるなんて、ベタすぎない?」

「…………臨也」



目を開けば、今日がやってくる。もう何度目かを繰り返したかわからないけど、俺もシズちゃんも、高校の卒業を迎えられずにいる。今日はそう、卒業式の予行演習の日だ。
平和島静雄が死ぬ、それはつまり俺にとっては大嫌いな天敵が居なくなる。これ以上ない幸運だ。嫌いで嫌いで早く死んでほしいのに死なない化け物が死ぬんだから、喜びたいのに手放しでは喜べないのが悲しい。

平和島静雄は高校三年の一年間で、必ず命を落とす。俺はそれを幾度となく見てきた。何度も、何度も。
シズちゃんが死んだ事を俺が観測すると、必ず高校三年の春の日に逆戻りする。そこでまた生活を繰返し、シズちゃんが命を落とすと同時にまた遡る。まるでセーブ地点からリトライするように、ぐるぐると。

どうやらこのループを引き起こす要素は平和島静雄が死んだ≠ニいう事実を折原臨也が認識する≠ニいう単純なもののようだ。放っておけばシズちゃんは勝手に死んでしまう。それを俺に伝わらないようにするのは至難の技だ。となると、つまりはシズちゃんが死なないようにするしかない。大嫌いな天敵が死なないように守ってやるしかないだなんて、俺は自分の運命とやらを呪った。



「俺さ、何度も何度も死ぬ夢を見てんだ」

「……へぇ、化け物の君がね」



努めて普通に振る舞った筈なのに、声は少しだけ震えた。シズちゃんにも記憶が残っているんだろうか。自分に負の感情が向かうように仕向けたし、彼に対する情報もかき集めた。つまり、シズちゃんが死ななければ良いんだ。同じことを繰り返すというのは気持ちが悪くて、発狂しそうだったけれど、他にどうすることも出来ない。



「俺……。頑丈だから死ぬわけないのに、何度も死んで」

「…………」

「痛くて冷たくて痛くて、ただ、それ以上にお前がいつも泣きそうにしているから」



今みたいに。そう言われて自分が酷く情けない表情をしていた事に気付いた。
シズちゃんの口から出た言葉は簡素で、ごめん、もういいから、ありがとな。それだけの単語なのに、胸の奥のもやもやが晴れていくような、妙に清々しい気持ちになる。あぁ、俺はきっとこの理不尽な運命を嘆いていたんじゃない。だって、何度喪って、何度絶望しても、この虚無感には慣れないんだから。

ねぇ、どうしたら君を喪わずに済むのかな。


そして、平和島静雄は死んだ。
屋上のフェンスは立て付けが悪くなっていたから、少しの負荷でその役目を放棄してしまう。落下するシズちゃんは、俺に向かって笑っていたような、そんな気がした。


やり直そう、大丈夫、今度こそ上手くいくから、俺は、上手くやるから。目が覚めれば、きっと新学期だ。大丈夫、今度こそ、俺は、シズちゃんの事を、守るから。


電子音が鳴り響き、絶望する。三月のある日、その日は迎えられない筈の卒業式だった。









在る因果律の話
(今度こそ、うまくやれるのに)