ぼんやりと水面を浮かぶ光を眺めながら、泡になって消えた童話のヒロインを思い浮かべる。歌を、声を犠牲にしてまで叶えたい想いなんて自分には毛頭関係無いことだと思っていた。確かにその筈だった。
着実に近付いてくる足音は望んでいるものとは違う。きっと、彼女ではない。それなのに心の奥底では淡い期待をしている。幾度かこの場所で会話を交わしたからだろうか、彼女ならこんな私でも、きっと何も言わずに隣に居てくれるんじゃないかと思えた。彼女は小さな光のような、この暗い水面を照らす月のような、そんな希望のような女性だから。



「トキヤ!」

「……」

「こんな所で練習してたんだ。まだ夜は寒いから、風邪ひいちゃうよ?」



本当にトキヤは頑張り屋だなぁ、そうやって笑う彼は欲しかったものを全部持っていた。羨ましくて仕方ないけれど、それでも悲観するだけじゃ何も手には入らない。私はただ、歌いたかっただけだ。
彼は、音也はそんな笑顔で私に手を差し伸べてくれた。そしてその手を同じ笑顔でへし折った。折られた手では他の誰かに縋る事も出来なくて、ずるずると引き摺られていく。それは私だったのか音也だったのかは今となっては分からないけれど。

言葉を、何か言わなくてはいけないとは分かっている。分かっているけど、纏まらない。何を口にすれば良いか分からなくなって、あぁ、こうして黙っていることは音也にとっては良くないから、また怒らせてしまうんだろう。

静寂を破るような醜い音、自分の呻き声と鈍い痛みが時間切れが来たことを暗に告げる。



「……またそうやって黙る」

「………………う………ぐ、あ」

「そんなにここが好きなら沈めてあげようか?」



情けなく突き飛ばされた私の腹を思いきり踏みつける音也は、何かに焦っているようだ。でもそれが何かを私には知る術がない。音也は何が欲しいんだろう。だけど何も持っていない私には音也の欲しいものは到底理解できない。やはり黙ったままの私に音也は泣きそうに顔を歪める。あぁ、泣きたいのは此方だと言うのに。

どうして、どうして私達はこんな風に歪んでしまったんだろうか。水面は尚も静かに、そして綺麗に輝いているだけだった。













游ぎを忘れた魚は
(やがて泡になる)