夢から醒めた時、隣にあった筈の体温はいつも熱を失っていて、代わりに規則正しい包丁の音と暖かいご飯の匂いがする。安いメロドラマか、ホームドラマのようだ。
およそ家庭的と言われる女よりも家庭的で、純粋だという女より純情そのもの。地球上のありとあらゆる魅力的な女たちが束になってもきっと敵わないだろう、そう思いながら冠葉は慣れたように台所に立つ晶馬の背後に回り込み、今まさに焼けたばかりの玉子焼きを摘まんだ。



「あ、こら」

「うん、今日も美味い。さすが主婦」

「行儀悪い、陽鞠に言いつけるぞ」



大勢の女子を落としてきた冠葉得意の笑顔だって晶馬にはまるで通じない。それどころか手の甲を思いっきりつねられてじろり、と侮蔑に近い眼で睨まれてしまうくらいだった。別にマゾヒストな性癖がある訳じゃない、だけどこの弟がそういった表情を見せるのは近しい人間だけだと知っているから、少しだけ嬉しくなる。
傍若無人な兄を持った可哀想な弟は、思ったよりも優しくて純粋に育った。双子だと言ってもつまりは兄弟と変わらない。血が繋がった大事な家族。俺は、そんな兄弟を。



「…兄貴?……どうしたの」

「え、あ、あぁ……」

「急に黙ったから、どうかしたの?」



なんだろな、そううやむやに誤魔化すのはあまりにも簡単だと思っていたのに。今、俺は上手く笑えているだろうか。ふぅん、と少しだけ腑に落ちないように呟いてもう朝ごはんできるから布団を片付けてよ、といつものように言う。本当に、主婦みたいだ。
時々晶馬は俺を全て見透かすみたいな目をする。それに恐怖心を抱いているのは、純粋で純情な弟妹に浅ましい劣情を持っていることを知られるのが怖いからだろうか。或いは、既に。












誰も知らない
(安穏を、)