・持田が人間じゃない←比喩じゃなく








真っ黒いフードを被ったその人は、持田さんという名前。それしか俺は彼に関する情報を知らない。野良猫みたいにふらふらやってきて、いつの間にか消えている。時折見せる威圧感は猫というよりはライオンに近いけれど。とにかく彼は自由な人だった。



「ねえ椿くん、君の願いを一つだけ叶えてやるって言ったら、どうする?」

「は?」



きっと気まぐれだろう。
んー、天使みたいな感じ? と最初に言われた事を思い出す。正直天使というよりは悪魔の方が似合ってんじゃないかなぁ、なんて思った言葉は飲み込んだ。そんなこと言えるような度胸が俺にないからでもあったし、有無を言わさないような圧倒的な何かが持田さんにはあったから。
早く言えよとばかりに視線を此方に向ける。なんだろう、えっと、願い事……。そういえば願い事なんて真剣に考えたるのは何時振りだろうか。昔は短冊にサッカー選手になりたいって書いて、驚かれたりもした。今は、今の俺は…………。



「じゃあ、ずっとサッカーしてたいっす」

「…………なにそれ、上手くなりたいとかじゃないんだ」

「いや、勿論上手くなりたいのもあるんですけど、それはやっぱり自分でどうにかしたいっていうかですね」

「……そっか」



じゃあまず俺を抜けるようになってからだね、あと椿くんはメンタル弱いんだよ、そう悪戯っぽく笑う持田さんは、何故か酷く寂しそうで痛々しくて、でも今の俺にはそれを何故だかを聞けなかった。
椿くんが上手くなるためにサッカーしよう、そう言われて外に引き摺り出される。持田さんは時折、思い付いたようにこうして相手をしてくれて、俺はそれを密かな楽しみにしている。本人にはきっと言えない、何故だか分からないけど言ってしまったら持田さんはもう相手をしてくれないような気がするから。










自分がここに何をしに来ているのかたまに見失いそうになる。彼の職業も知っている、だからこそ酷な事を告げるんだと言うことも分かっている。
殺すつもりで来いよ、と言えば最初は怯えてたくせに、最近は果敢にも歯向かってくるようになった。あれは子犬が少し成長したような、なんとも言えない気持ちになったね。
疲れて眠る寝顔は幼さを残していて。そうだよな、まだ20代になったばかりだもんなぁ、まだ若いのに、なぁ。



――ずっとサッカーしてたいっす

――昔の自分見てるみたい?




「……ずっと、なんて無理なんだよ」



人生はどこまでも不平等に平等を貫くから始まりがあれば誰にも等しく終わりが来る。その終わりは余りにも呆気なくて、一瞬で、儚い。
ただ俺は彼奴には、椿くんには終わりとか別れとかを考えずにただ走っていて欲しい。酷いエゴだ、自己満足だ。そうしてくれと本人に言われた訳じゃないけど椿くんはあの性格だから、きっと伝えてしまえば引いてしまう。それは嫌だ。ムカつくけど、椿くんにはピッチを犬みたいに駆け回ってるのが似合っているから、今日も俺は肝心な言葉を吐けないまま持て余している。












言えない癒えない
(弱くてごめんね)