子どもは大人をよく観察している。それは彼も例外ではなくて。我が儘や突拍子な事を言い出すアイツは図々しいように見えて、こちらの動向をしっかりと伺っているよ。全く、相手の出方を読むのはサッカーだけでいいのにね。
そう言った監督は、いつもの調子ではあったけれど、少しだけ寂しそうだった。





「お前本当に椿が好きだねえ」

「バッキーは断れないタイプだから上手いことからかわれてるように見えるけれど」

「だって椿くんバカみたいに優しいから」



大丈夫達海さんも好きだよ、王子様もまぁ嫌いじゃないし、あとおねーさんは優しいし、カッパデカイけど良いヤツだから。そう言ってけらけらと笑う持田さんに、何が大丈夫なんだと監督は呆れて、王子は将来大物になるねと笑っていた。
歳の割に落ち着いているというかどこか大人びた持田さんは、よく俺とサッカーをしたいと誘ってくる。まだ小さな子どもなのに、いやだからこそだろうか、持田さんからは学ぶことが多くて、密かな楽しみになっていて、歳の離れた弟が出来たみたいに嬉しく思えた。周りからはどっちが兄だかわかんねえよと言われたりもしたけれど。




「……椿、サッカーしよ」

「持田さん? ちょっと待って……持田さん、」



何時も通りにボールを持ってやってきた持田さんに何故か違和感に覚え手を近付けようと思い、我に帰る。前に頭を撫でようとして怯えられたのを思い出した。本人は何の気もないように振る舞っているから、それには言及は出来ないけれど。同じ目線になるようにしゃがみこむと持田さんは俺と目を合わせてくれない。あぁ、やっぱり。
ゴツン、と額を合わせれば伝わる熱は小さな子どもが体温が高いという常識を抜きにして、熱い。
持田さんは、俺が怒ると思ったのだろうか、ごめん、と小さく呟いた。それでも目を合わせてはくれない。少しだけそれが寂しく思えて、小さな身体を抱き上げた。



「う、わっ」

「ただの風邪だと思いますけど一応診てもらった方が良いですよ」

「いいっ、一人で行くから」



だって椿くんに移ったら。
言葉にしたと同時に持田さんの顔は青ざめていく。じたばたと暴れだす持田さんに何も知らない先輩達はまたお前ら遊んでんのか犬猫の喧嘩みてえだなぁと笑っている。終いには椿くんにゆーかいされるー! とか叫び出すから手に負えない。それは何か色々洒落にならないです持田さん!
確かに監督の拾って来た見ず知らずの子供だけど、何度も一緒にサッカーをしたし、会話だって交わしたからもう全くの他人ではない。そこに踏み込む事が出来なくても、心配くらいはさせて欲しい。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ持田さんを連れて行く途中に監督に会った。監督は俺の話を軽く聞くと持田さんの額に手を当てた。瞬間、アレだけ騒いでた持田さんが人形みたいに固まった。監督はその変化に気付いたんだろう、少しだけ微妙な顔をして、治るまではサッカー禁止ね、と笑いながら持田さんの頭をくしゃりと撫でた。










「……いかなくていいの」

「……え、あー…えっと」

「椿くん下手くそだから、ちゃんと練習しなきゃダメだよ」

「そうっスね…………」



診断結果はただの風邪だった。本来なら俺は練習に戻るべきなんだけれど何だか彼を一人にしたくないと思って動けずにいた。熱冷ましの冷却シートを額に貼って横になっても持田さんからはいつも通りの辛辣な意見。自分より10も年下の子どもに下手だと言われれば流石にヘコむ。まぁ本当の事だから言い返せないけれど、子どもは正直過ぎる。でも正直なのが子どもだから、だから。
そういえば、自分も昔は風邪をひい時にはサッカーが出来なくて少しだけ寂しかったような歯がゆかったような気がする。その時には、確か……。
意識をそちらに持っていかれたからか気が付けば俺は持田さんの頭を撫でていた。ヤバい、ただでさえ身体が弱って不安定なのにまた怯えてしまうんじゃないだろうか。どうしよう。手を離そうとすると持田さんがポツリ、と呟いた。



「…あったかい」

「え」

「手、……あったかいね」



たつみさんも、つばきくんも。そう言って力なく笑う持田さんに何時もの生意気さはどこにもなくて、俺は無意識のうちに流れ出した涙を止めることが出来なかった。
椿くんどうしたのどこか痛いの?大丈夫?と持田さんは俺の頭を撫でてくる。二十歳を越えた大人が、子どもに、しかも病人に慰められているんだから情けない。それでも流れる涙を止められないから質が悪い。
だって俺の頭を撫でた小さな手があまりにも暖かくて、優しかったから。










キミノテノヒラ
(小さくて強い)

title:伽藍