犬が欲しい。
黒い毛並みは綺麗に切り揃えられていて、性格は少し臆病だけどボールを前にすると楽しそうに駆け回るその犬が欲しい。野良なら良かったのに、当然と言えば当然だけれど出会った時には既に飼い犬になっていた。まぁそんな事はどうでもいいんだけど。

欲しくて欲しくて仕方なかった犬を押し倒すと、成人男性二人を受け止めたベッドのスプリングが代わりに吼え、犬……椿くんは、少し痛そうに顔を歪ませた。



「……っ、」

「言っておくけど」



俺は王子様みたいに優しくないから。
そう耳元で囁けば死刑を宣告されたかのように絶望したような、それでも状況を把握しようと困惑したような表情になる。あー、いいなその顔、何か凄いわくわくする。
もっと苛めたくなるっていうか、散々ズタボロにした後で溺れるくらい甘やかしたい。ひどい矛盾だって事は分かっている。ただ、傷つけたくてその分だけ甘やかしてあげたい。



「…………持田さん、多分、勘違いして……」

「は?」

「俺は、王子とは、そんな関係じゃないんで」



大丈夫ですから、やめてください、と譫言のように繰り返す椿くんに俺は正しく驚愕した。成る程、つまりこの犬は俺が飼い主であるジーノに気があると思っている訳だ。悪いけどそればっかりは笑えないなあ。勘違いはどっちだよ。
まぁでもそれはつまり、そういう事なんだろう。元から気負いなんて一切なかったけれど、気兼ねなく、事が運べるわけだ。



「で?」

「え?」

「だから何?」



むしろ好都合じゃん、そう笑えば引きつったように笑いながら逃げ出そうともがき出す。残念、もう遅いよ。追い詰められた彼は宛ら哀れな子犬だ。未だに泣き言を喚くその唇を、自分の唇で封じる。
俺は王子様じゃないけど、たくさん甘やかしてやるから安心してよ。










ハッピーバッドエンド
(めでたしめでたし!)