彼は迷子になる天才だ。
そもそも迷子になるというのは、地図が読めないだったり、方向感覚や空間を把握する力が極端に低かったりと、凡そ様々な要因が挙げられてはいるが、その真偽は当人達にしか分からない。ただ共通して言えるのは迷いたくて迷っている訳じゃないという事だけど、流石に彼は態となんじゃないかとさえも思う。



『あー……ビルがたくさんある』

「奇遇だね、ここからもビルはたくさんみえるよ」

『うん』

「そうなると大概の人間が同じ街に居ることになるんだけど」

『それって、凄いことだな』

「ありえないけどね」



現地に居るハズの本人からの情報が一番使えないなら、GPSに頼るしかない。文明の利器の勝利だし、こういう時に便利な時代に生まれて良かったと痛感する。逆に考えれば便利な時代にならなければ俺たちが生まれることもなかったんだろうけれど。



『……でも、ろっぴが見てるビルと俺が見てるビルは違うから』

「当然だね」

『いや、そうじゃなくて。多分同じビルを見てても違く見える』

「そんなもんかな」



そうだよ、だって俺たちは違うから。
思春期の学生が言いそうなことを真面目に言うから恐ろしい。脳内が14歳で止まる病気の気があるのかと疑いたくもなるけれど、そうなったら俺たちの"マスター"がその代表格だから仕方ないな、と諦めながら言葉を返す。



「迷子が何を偉そうに……」

『大丈夫大丈夫、だって何処に居たってろっぴが迎えに来てくれんだろ?』



無邪気に笑う彼を心底可愛らしいと思う反面、憎たらしいとも思う。可愛さ余ってなんたらとは巧い喩えだ、まさに今の心情そのもので、そこから動かないでね、とだけ告げて連絡を切った。どうせ動かないでと言っても彼の事だ、ふらふらと何処かへ移動しているのが目に見えているのが悲しい。
コートを掴んで外へと向かう。きっと迎えにいけば彼の土産話には程遠い報告が待っているんだろう。何処で何を見たとか、誰と何を話したとか、俺にとっては取るに足らない些細な事でも彼にとっては一つ一つが重要な事で、そこには物事の規模も価値も存在しない。それが俺みたいなヤツには、素直に羨ましく、微笑ましく感じるから。

彼は、日常を楽しむ天才だ。










今何処此処何処
(何処でもいいよ、君が居るなら)


title:伽藍