ゴールに吸い込まれるようにボールが曲線を描く。イメージでは上手くいくのに、実際には彼のようには上手くいかない。
比べること自体が間違っているとは分かっているけれど、それでも。



「………っ!」



振り抜いた足にボールの重さがダイレクトに伝わる。あ、これは。
絶対に入る、という手応えよりも先にボールがゴールネットを揺らす音が聞こえた。



「おー、綺麗に決まったな」

「っ! 監督! すっ、すみません!」

「別に翌日持ち越さなきゃ今更どうこう言わないよ」

「あ、あの」



心臓がばくばくと煩い。息が上がっているような気がするのは動き回っていたからか、それともいつの間にか現れた監督に驚いたからなのか。


偶然だった。何気なくつけていたテレビから自分のチームの監督の名前が聞こえたから視線を向けた。それは過去のスポーツ選手の名場面特集のようなもので、今よりも若い監督が俺と同じユニフォームを着て、ピッチに立っていた。

次の瞬間にはテレビから、正しくはテレビの中の選手のプレーから目を逸らせなかった。人を惹き付けるような、わくわくさせる彼のプレーは、まさにファンタジスタそのもので。

アナウンサーが色々と経歴について説明していたような気がするけれど、全く耳に入ってこなかった。とにかくボールが蹴りたくなって、気が付けば部屋を飛び出していたからだ。


いつも以上に緊張している俺を不思議に思ったのだろうか。途切れ途切れに先程見た内容を伝えると監督は「そっか」とだけ返した。



「若かっただろ」

「え?」

「村越とか、後藤とかさ」

「あ……、はい」

「今じゃあんなおっさんなのになー」



まぁ俺もだけどね、と本人達に対して失礼に値するんじゃないかというギリギリのレベルな事を言いながらピッチに座り込む。ガサガサとコンビニ袋を漁り、特別だよ。と二本組のアイスを片方差し出してきた。
運動直後に取る糖分は、いつもの倍以上甘く感じる。普段は苦いコーヒー味なのに、今日はやけに甘い。



「お前とも一緒にサッカーしてみたかったな」

「え………」

「いや、まぁ今もしてるんだけどさ、なんつーか、うん」



な? と少しだけ困ったみたいに笑う監督の顔は初めて見る表情だから、その先はやっぱり聞いたらいけないような気がして、どうしようもなくて、何だか俺が泣き出したくなってくる。



「……ッス」

「ま、負ける気はしないけどねー」



にひひ、と監督は何時もみたいな悪巧みをするような笑顔に戻る。でも一瞬だけ垣間見えたあの表情は嘘ではないんだろう。悲しくないわけないのに、悔しくないわけないのに。きっと誰よりもフットボールを愛していて、愛されていたんだろう。
ETUの7番、達海猛は。

さっき俺が見た画面の向こうのETUの7番は、それだけ眩しかったから。



「……が、頑張ります」

「おう、期待してんぞ」



俺にはどう足掻いたって彼と同じ選手にはなれないけれど、同じ背番号を背負える事でいつか、胸を張って言えるまでは。
手元のアイスを吸ってみたら、少し溶けたコーヒーの味が、やっぱり甘ったるく感じた。










ファンタジスタに告ぐ
(「俺も、負けません」)