・9巻ネタバレってのなのかもわからないけど9巻からの妄想
・多分どっから妄想したのかとかわからないと思うくらい飛躍
最低で最悪な出会い。あの化け物と対峙してから2回の季節が巡った。
いつまでもこうして居られる訳じゃないのは分かっているし、そうありたいだなんて思ってはいない。時の流れに逆らうことは出来ないし、それに抗おうとする人間を観察するのは楽しいけれど俺自身はそうだとは思わない。あくまで俺は観察していたいから、愛してやまない人間達を。
「……シズちゃんが進学しないのは予想ついていたけど」
「予想ついてた、じゃなくて知ってたんだろーが」
「その前に卒業出来るかが最大の壁みたいだけどね!」
俺の言葉に対して不機嫌そうに眉を顰めるシズちゃんに冗談だよ、あと1年君の面倒を見る先生達が可哀想だよ、と肩を竦めると少しだけ表情に変化があった、ような気がした。普段なら怒鳴り散らしているはずなのにシズちゃんは声を潜めてポツポツと言葉を落とす。存外真面目な彼は、『図書室では静かに』というルールを守っているんだろう。誰も居なければ無意味なのに。
そういえば図書室という空間に来るのは久しぶりかもしれない。小学生の頃はよく出入りはしていた。小中高とあまり蔵書に変化がないような気がしなくもない。シャーペンを折るか折らないかギリギリの力で抑えているからか、芯は無残にもノートの上に飛び散っていた。
「まぁ散々な高校生活だったけど、それなりには楽しかったかな」
「ふざけんな。散々だったのはこっちのセリフだろ」
途切れた会話の後に続く沈黙が今日は何だか痛い。
卒業すれば、こうして彼をからかって遊んだり、騙したり、追い掛け回されるのも、もう、終わりなんだろうと当然の事を実感する。人は出会ったり別れたりを繰り返していくものだけれど、それは俺たちも同じなんだろう、最悪な出会いで、最悪な日々を過ごして、そこには普通の高校生らしさなんて1ミクロンもなかったけれど、それでも俺は、この最低で最悪な日々を楽しんでいたんだ。
ノートを睨むシズちゃんの視界に入るように小さな電話を取り出す。
「……は? なんだこれ」
「誕生日プレゼント。シズちゃんが寂しくなった時用にあげる」
「……っ、なっ、ありえねえ。とうとう頭がおかしくなったのかよ」
「じゃあさ、俺が寂しくなった時用でいいから」
持っていてくれればいいから、ね?
そう笑って言って、逃げるように図書室から出て行った。俺はちゃんといつも通りに笑えていただろうか。シズちゃんはきっと不機嫌な顔をしながら、それを眺めるんだろう。ボコボコに壊されるかもしれないし、もしかしたらそのまま放置されてしまうかもしれない。それでもいいと思ったんだ。
校舎を出ようとしたその時に、ふいにポケットの中の携帯が震えた。
いつも使っているのではなくて、それはまだ真新しい俺の眼と同じ色をした携帯。ざわつく心音を整えながら、震える指で通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『バカじゃねえの……本当に』
「…………」
『可哀想だから、もらってやる』
「……え」
『お前があまりにも可哀想だから、それだけだからな!』
狼狽えるような声が聞こえる。きっと今シズちゃんの顔は真っ赤なんだろうか。
もうすぐこの街を離れて、全てを俺は置いていく。
取るに足らないけどそれなりには重い思い出も家族も友人も、大切な人も。
それでも俺が大丈夫だと笑えるのはきっと、手のひらの中のこんなに小さな機械が繋いでいるからなんて、柄にも合わない事を笑いながら、軽い足取りで校舎に戻った。
赤い糸電話
(君だけを繋ぐ)
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