Lie

どちらかと言えば、勘はいい方だと思う。
上官にも恵まれ指導者にも恵まれた私は、冷静にレンズ越しに何かを見れるようになった。とても冷静に...喰種を駆逐する事が出来た。

それが例え、近所の住人であったとしても。

人の中に紛れ、暮らす喰種たちにとって平穏などはおそらく無い。
ある一瞬、何かに戸惑い動揺する。

例えば、近隣住民からのお裾分け。例えば、何気ない言葉に埋め込んだ知性。人として過ごせなかった場合、擬態する事が難しいものを何気なく投下する。
するとどうだろう。何か面白い尻尾が見える。
主に若い喰種はそれで仕事はしやすかった。逆に尻尾を掴むまでに時間を要するのは、それだけ長く生きた喰種だけ。それは時の上司が教えてくれた。

今、私が最大警戒している対象者は、変わり者。

「......あ、こんにちは」
「こんにちは。また遊びに来ちゃいました」

私は彼を「ODD・オッド」と密かに名付けた。
芸術家・アーティストの類で「マスク屋」の店を営んでおり、出で立ちは奇抜、そして深紅の眼。そう、彼自身はまさに喰種だと言わんばかりの姿。でも現状は姿だけであって何も見つからない。

「また、面白い雑貨、作って欲しいとか?」
「そんなとこです」
「そうか...あ、羊羹食べる?さっきお客さんに、もらった」
「あ、頂きます。有難う御座います」

オッドことウタと名乗る青年は、今のところは人だと言える。
「HySy ArtMask Studio」の事業登録証は確認した。戸籍も確認した。提出された書類のRc値も正常だった。だけど引っ掛かるものが多く、警音が終始脳内に響く存在。

「お茶でいいかな?」
「はい。いつも有難う御座います」

彼を目にしたのは数か月前。
20区にて巡回中だった。目立たないよう私服で、小型のクインケを忍ばせて。
喫茶店から堂々と出て来た時は息を飲んだ。サングラスの下に見えた深紅の眼...当然、後を付けた。

14区のバーを経由して4区へ...
いよいよキナ臭い何かを感じ取っていたのに、調査結果はシロ。20区の喫茶店も14区のバーもシロ。

納得がいかずに...私は客を装うようになった。

「和菓子には、やっぱりお茶だよね」
「洋菓子には珈琲だと思います」
「うん、そうだね」

お互いが警戒を薄めるまでに時間は結構費やしたと思う。
会話が増えるまでに、何かをやり取りするまでに、時間と金を費やした。
だけど、この人は現状は人であるとしか言いようがない。でも拭えない何かがある。

「どうぞ」
「有難う御座います」

共に「何か」を食す仲になっても不信感は拭えなかった。
目の前で普通に和菓子を食べる彼は、やはり人そのもので喰種ではないはずなのに。

「ぼくには少し、甘いかな」
「私には丁度いいです」

甘いものは甘い、辛いものは辛い、彼に不審な点は無い。

「それで、今日は何を作らせようとしてるの?」
「"手"です。アクセサリーを飾れるような...作れますか?」

もぐもぐ、羊羹を食べてお茶をすすった彼はちょっと考えて口を開いた。

「......うん、それくらいなら。手を触らせてもらってもいいかな?」
「はい」

差し出した手に触れるタトゥーだらけの指先は、温かい。
喰種に触れた事は無いけど、彼らもまた人と同じで温かい生き物だと聞いた事がある。とても人に近い、だから時として駆逐しにくくなるとも教わった。

慣れ合えば慣れ合うほどに、罪を意識する事になる、と。

「手、ちっちゃいね」
「そうですか?」

私に限ってそんな事は無いと思ってる。
だけど今、彼がそうであると確信出来た時に私は...どんな感情を抱くのだろう。あまりにも時間を掛け過ぎた事を自覚している。

「うん。可愛い。でも、努力家」
「努力家?」

彼はどっちなのだろうか。彼は、何者なのだろうか。
人であればいい。喰種ならば駆逐対象となり、私は職務を全うしなければならない。

「マメだらけ...クインケの所為?」
「......え?」

パサリ、置かれた新聞にはいつかの記事が載っていた。
私も携わったSレート喰種駆逐の記事で...写真が載せられていた。

「笹川祐希一等捜査官。見て、新聞の片隅に載ってる...」
「......」

見切られた写真に少しだけ写っている私の姿。

「ぼく、疑われてるんだよね」

少し寂しそうに記事を見つめている彼。

「......私だけが、容疑を掛けています」
「そう...それで?」
「今のところはシロ、です」
「もしも、ぼくが...喰種だったら?」

手の採寸をしながら、彼は淡々と言葉を転がす。
それを拾って...私も淡々と言葉を転がし返す。

「......どうする?」
「駆逐、します」
「......そうだね。捜査官だもの」

深紅の眼、対面する者が人なのか喰種なのか、私には判断が出来ない。

「もしもぼくが喰種なら、君に駆逐されたいな」
「......え?」
「ぼくの大事なお客さんだもの」

採寸を済ませた彼が「もういいよ」と言うまで、私は何も答えられなかった。
駆逐されるという事は殺されるという事。私"に"なんて...そんな言葉をくれた喰種は今までいない。

「出来上がりは一週間後かな」
「......」
「......もう、いらない、かな?」

私は、誰かに殺されたいなんて思った事は一度もない。

「......監視対象、ODD・オッド」
「え?」
「それ、私が付けたあなたの名前」

......彼はきっと、喰種なんだと思う。
証拠は何も無くて、私以外の誰もが人だと思って生きていくのだろう。だけど、彼は喰種だ。私の中の何かがそう、告げている。

「監視はもう止める。此処には二度と来ない」
「......どうして?」
「あなたは、喰種で、私は捜査官、だから」

証拠は、もう見たくない。見てしまったら、私にはやるべき事がある。

「......駆逐する?」
「証拠がない。だから...どうしようもない」

立ち上がって最後に彼を見て背を向けた。
殺気は感じられない。立ち上がる素振りも感じない。争う気は、お互いに無い。

「元気でね」

慣れ合えば慣れ合うほどに、罪を意識する事になる。
慣れ合えば慣れ合うほどに、自分の罪を意識する事になる。それは、嘘じゃなかった。



2017.07.27.

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