テニスの王子様 [LOG] | ナノ
君に書いた手紙 中編


部活が終わる頃、勝手に部室へ侵入した女の子たちの差し入れが目立つ。
朝から下駄箱に入れられた手紙よりも、確実に気合いが違うのがわかる。
主に跡部さんや忍足さんがメインだけども時折、俺の元にも…
"部活頑張って"や"いつも応援しています"という手紙の中、一通だけ目を惹くものがあった。


手紙が来なくなって数週間が経過した。
調子が出なくて何もかもが手に付かない上、自慢のサーブも全然決まらない。
宍戸さんは怒るし、日吉は溜め息を付きながらダメ出しなんかしてくる。
当然だけど跡部さんも微妙に苛立ち状態で機嫌も悪くなる一方…
見知らぬ第三者に左右されて、手のひらで転がされて…俺、どうかしてる。
それでも気になって毎日毎日考えるは、見知らぬ彼女のことばかり。

「次期部長だと言われていた人がこの程度ですか」
「日吉…」
「チャッチャとカタでも付けたらどうですか?」

皆に迷惑を掛けて、日吉にも呆れられて…俺だってどうにかしたい。
このままではいけないことくらいわかっている。わかっているけど…
どうすればいいのか、どうしなければいけないのか。
動く手段も見つからずに、ただただ考えるだけの時間が過ぎていく。
彼女が動かない限り、俺には何もすることが出来ないんだ。

"貴方が気になって、集中出来なくなりました"

手紙が来なくなって、こう書き記したメモはずっと俺の手元にある。
気付いて返事が貰えれば…なんて思いながら、毎日毎日置いている。
それなのに一向に見知らぬ彼女が受け取る気配もなく、返事もない。
どうして…どうしてだろうか?ただの気まぐれな手紙だったから?


「よ!最近、調子悪いらしいな」
「あ…祐希さん…」
「若が毎日ブチブチ言ってるよ。腑抜けが!てね」

日吉の幼馴染みで俺たちのクラスメイトである彼女、祐希さん。
そう俺と仲が良いわけでもないし、会話も特に交わしたこともない。
だけど、わざわざ買って来たと思われるジュースを俺に手渡し座った。

「あ…有難う御座います」
「貰いもんだから、気にせず飲んで」
「はぁ…」

さすが日吉の幼馴染みとでも言おうか。マイペースもマイペース。
"アイツだけは手に負えない"と言った日吉のことを思い出す。
なぜか俺の横に座り、一緒にジュースを飲み…何やってるんだろう。

「あ、あの…」
「悩んでること聞いた」

一部始終ではないけどね、そう彼女は言ってポケットを探る。
俺のコト、日吉は彼女に愚痴っていたわけか…
ジメジメしていた俺が悪いには悪いけど、第三者に告げなくても。

「はい。預かってきた」
「え?」
「待ってた手紙、預かってきたの」

いきなり、何を言われたのか…わからないままに受け取った手紙。
そこを開けばいつもの柄のメモ帳に一言だけ文字が残されている。

"調子、取り戻して下さい"

「あ、あの!」
「誰が書いたか私は知ってるけど、彼女は言わないでって」
「どうして…どうしてですか?」

祐希さんは小さく笑って、見知らぬ彼女について話し始めた。
彼女は体が弱くて運動することがうまく出来ない、だから憧れていると。
隠れて応援したいから…弱い自分を知られたくないから黙ってて欲しいと。

「自信がないんだよ。面と向かって話す自信」
「そんなの…」
「あんな大声で探しに掛かるなんて言ったら、彼女も動けないわ」

"私は手紙の主が誰なのかを話したいんだけどね"と呟きつつも、それ以上何も言わなくなった。
だから、俺も何も言わずに…ただ一言だけ彼女に頼みごとをした。

「彼女に伝えて貰えませんか?」
「何を?」
「これ以上、誰かを使って探したりはしません。と」
「わかった。伝えておくよ」
「その代わり…」

"俺自身は諦めずに探しますから、その時は逃げないで下さい"
祐希さんは頷いて"見つけてあげて"、と言い残してその場を離れた。


教室をグルグルと見渡す。祐希さんが誰と話しているか確認しながら。
だけど、彼女には沢山の女の子が傍にいて…どの子なのかも断定出来ない。
"あんな大声で…" そう彼女は言ったのは俺にとっては大きな収穫であり、彼女のミス。
手紙をくれた見知らぬ女の子は間違いなく、このクラスにいるということ。
だからグルグルグルグル…教室中を見渡して、突然、日吉のアップが映った。

「うわ!」
「挙動不審。何をやってるんですか?」

俺の挙動不審さを怪しみつつ、傍に立つ日吉。
だけど、俺はその理由を教えなかった。それが相談に乗ってもらっていた日吉でも。
"誰かを使って探したりはしません"と決めたから、そう伝えて貰ってるから。
理由は教えられない、そう言ったら日吉は特に気にせず、そこで会話は途切れた。
日吉で隠された教室の一部。だけど、少しずつ視野を回転させてクラスメイトを見る。
その時、一人だけ…俺と目の合った女の子がいた。
先生に好かれたクラス委員の子。成績も良くて、生活態度も良くて…
少しの時間、目が合ってすぐに彼女は本へと目を移した。
休み時間も昼休みも…ずっと本ばかりを読んでいる女の子だという認識しかない。

「アイツ、気になるのか?」

顎で指し示す、本を読む委員長の方向。
二つの視線が彼女に向けられても、気付かない様子で涼しい顔。

「昔、テニススクールに通ってて、入学した時に引っ張りダコだったらしい」
「へぇ…運動してそうなイメージないね」
「結局、テニスの"テ"の字もないしな」

むしろ、運動の"う"の字もない彼女に俺は目を逸らした。
俺の捜している女の子は"自分に自信のない子"であって、彼女は違う。
無意識にそう思って、クラスメイトの女子から除去した。
彼女…志月ゆいは先生に好まれる優等生で、自信がないわけがない。

「あまり好きじゃなかったんだろうね。テニス」
「かもな。俺からすれば勿体無いけどな」


小さなブルーのメモ用紙に書かれた、たった一言の手紙。
彼女が調子を取り戻して欲しいと願い、書いてくれたのであれば…
だけど、思うようには動かずに俺はまた宍戸さんに怒られ、跡部さんの機嫌を悪くした。
ずっと…手元に置いてあったはずのメモ帳も失くしてしまったようで途方にくれた。

折角、自分から知りたいと思った彼女へ渡すはずだった手紙。
また書けばいい、なんて思うことも出来ずに溜め息をついた。
何処かでこの姿を見られていたなら…恥ずかしいけどもただ思う。
こうなってしまったのも、貴方のせいなんです…と。
目次

| top |