きっとすべてが不確かだったのだと思う。ひらひらと危なっかしく揺れるプリーツのスカートも、真夏のようなするどさで窓から漏れ入る陽光も。そのすべてが不確かで曖昧だったから、熱にのぼせる思考の海でわたしはたったひとつの確かな光を見たのだ。見たと、思いたかったのだ。

中間試験を控えた放課後の校舎はおどろくほどにしんと静かで、まるで不届きなわたしたちを責め立てているようだった。むき出しの罪悪感だけが置き去りにされてゆく。

「あついね」
「そうかな、まだ夏でもあるまいし」
「夏は好き?」
「どちらかといえばきらいだよ」
「ふうん、わたしは好き」
「ぼくたちまるきり意見が合わないね」
「そうかなあ」
「ほらね」

同じ歳のくせにやけに大人びた喋り方をする彼がしとやかに笑って、その横顔に夕日が落ちる。それにわたしが何と言って返したか、自分のことはもう思い出せもしないけれど、その頬に透ける産毛がきらきらと橙色にゆれている視界だけはいまも鮮やかに再生できた。
それからわたしたちはまたいくつかの会話をして、やっぱりそのどれもが噛み合わないことを思い知ったけれど、夕陽がつくる影が長くなるにつれて言葉は少なくなり、やがては完全になくなった。
沈黙と不自由な視界のなかで、こちらに伸びるか細い指がわたしの頬に一本また一本とゆるやかに触れる。そうしてそのぜんぶがわたしに熱を伝える頃にはもう表は薄暗くなっていた。

「ねえ、あしたの試験はなんだっけ」
「いまそれを聞くの?」
「だって気になって」
「数学と古文だよ」
「わたし数学きらい」
「知ってる・ぼくはすきだよ」
「でも古文は苦手だよね」
「ほらいいから、もうだまって」

やっぱり最後までわたしたちの意見は合わなくて、けれど正反対の意思を紡ぐふたりのくちびるは驚くほどに同じ熱をもってひとつになった。壊れものに触れるみたいにつかまえて、かたちも感触もわずかな皺の具合すらも写し取るように、彼はわたしにくちづける。
ふたつの同じ熱は互いに入り混じって上昇していく。目を凝らしても視界は真っ暗だった。それでもわたしはそっと、目をとじる。

そのほかにも、わたしが彼とかわしたくちづけは数あったけれど、どうしてだか・あの日の細やかなくちづけだけをいまのわたしは覚えているのだ。目を閉じれば、耳をすませば・まるで噛み合わない会話と、そのくちびるが持つ熱がよみがえる。それがわたしの、あの日のはなし。


by ako
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