ridicule






「おっ、奈月〜。ええときに来たなぁ」





タイミング悪いんだよ、ボケ。白石に渡してくれ、そう言って笑顔で紙切れを渡した教師に心からそう言いたい。今は放課後、白石ならテニス部だ。
べつに渡すことに問題はない。ただテニス部には忍足もいる。出来るだけ顔は合わせたくない。腹が立つし。
教師から受け取った紙切れを見つめながら溜め息。受け取ったものは仕方がない。乗り気でない自分を叱りつけ、テニス部へと向かった。



相変わらずテニスコートの周りはミーハーの人垣が出来ている。まあ確かにイケメン揃いのテニス部だ。女子たちの気持ちは分からなくもない。
フェンスの隅にある出入り口からテニスコートに入ると、ベンチ近くで何か指示している白石をすぐに見つけた。あまり中には入りたくないが、仕方なく足を進める。
あと少しで白石、というところでこちらに気付いたのか白石と目があった。ちょっといいか、と声をかけようとしたところで馬鹿でかい声に阻まれた。





「ああーっ!」





あまりの喧しさに思わず耳をふさぐ。見ると深い赤色の髪をした少年がこちらを指さしていた。一気に人の視線が俺に向けられる。
注目されるのは嫌いなんだが。





「お前やろ!謙也のこと泣かしたん!」


「はあ?」


「ワイ知ってんねんで!お前、謙也のこといじめたやろ!」





虐めた覚えはないが、泣かせたことに関しては否定できない。突然怒鳴られて腹が立たないわけでもないが、とりあえずぐっと堪えた。忍足を見ると俯いていて表情は読み取れない。





「また謙也のこと虐めに来たんか!帰れ!!」


「残念だったな。用があるのは白石だよ」


「し、白石のことまで虐める気なんか!」





どうやらこの少年の中で俺の位置付けはいじめっ子らしい。溜め息を吐いて白石を見れば白石も苦笑いを浮かべていた。





「金ちゃん、それ以上騒いだら毒手やで?」





白石の言葉を聞くと、少年は急に黙り込み顔を真っ青にしたが腑に落ちない様子だった。
つか、なんだよ。毒手って。
そう思ったがあまりの少年の怯え具合にそれは言わないでおいた。

少年が静かになった後、白石が此処じゃアレやから、と部室へと案内してくれたので、すぐに終わる用だったが大人しくついて行くことにした。中に入ると室内は想像よりもずっと綺麗に片付けられていて思わず感心してしまう。前を歩いていた白石が少し大きめの机の傍で俺に振り返ったのを見て納得した。恐らくこの美麗な男がこの部室を綺麗に保っているのだろうと。





「で、俺に何の用なん?純亜くん」





低いのにすっと耳に入る聞きやすい声で我に返る。思わず見惚れてしまっていた。





「ああ、なんかコレ。渡せって言われてさ」





平然を装いさっきの紙切れを渡すと、白石は書かれた内容を確認し、ああ…と零した。早々に退散しようとわざわざ、おおきに。と満面の笑みで礼を言った白石に、じゃあ帰るから。と言って背中を向けた。





「ちょお待ってや」


「なに」





踵を返した俺の腕を白石が掴む。振り返るとさっきのような笑顔はもうなかった。





「田中さんと付き合うてるんやってな」


「ああ、まあ」


「あんまり学校内ではイチャつかんといてくれへん?」





唇は弧を描いているが、目は笑っていない。言いたいことは分かっている。あの屋上でのことだろう。





「謙也の気持ち、知っとるんやから」


「俺には関係ねぇよ」


「…へぇー」





裏表のある奴だな。なんて思いながら力の籠められた白石の手を振り払う。見れば腕は赤くなっていた。





「大体、屋上なんか来るからだろ。それ以外の場所ではイチャついてなんかねぇよ」


「場所の問題とちゃうねん」


「じゃあどうしろっつーの。田中さんに言うのかよ。忍足が泣くから学校では近づくなって?はっ、馬鹿じゃね」





嘲笑った俺が許せなかったのか、白石が俺を打った。華奢な見た目にはそぐわない力で、本当に裏表のある奴。なんて呑気に思った。





「謙也のこと馬鹿にせんといてや」


「…理解できねぇ。お前も忍足も、」


「俺にはお前が理解できんな」


「俺にも出来ねぇよ…」





今度こそ踵を返し部室を出た。テニスコートを過ぎて出入り口を抜けフェンスの外に出ると田中さんが見えた。向こうも俺に気付いたのか近寄ってくる。





「テニス部におったって聞いて」


「ああ」


「一緒に帰ろう」


「…ああ」





田中さんの手を握って、テニスコートに背を向ける。そのまま校門を出て2人で俺の家に向かった。
自室のベッドで疲れきって眠る田中さんを抱き締めたら、何故か虚しさがこみ上げてきた。






ridicule
(罪悪感?)





title by たとえば僕が


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