花の終わり





小さい頃、母が花の手入れをしているのを見て"どうして花はすぐに枯れてしまうのだろう"と思ったことがある。あんなに瑞々しく色とりどりに咲いていた花たちは、花屋から家に連れ帰るとあっという間に枯れて、茶色く変色し、ただのゴミになる。
どうしてずっと美しくいられないのだろうと思った。



「りぜ、あんたまだ結婚しないの」
「もう諦めてるのよ」
「勿体無いなあ。女は30過ぎたら結婚なんて出来なくなるよ。今のうちに捕まえとかなきゃ」
「いいのよ、私は。花は終わったのよ〜」



花と女はよく似ていると思う。若いうちは煌びやかに着飾り、どれだけ自分を美しく魅せられるかに懸けていた。高い装飾品で仮面を作り、自分を価値ある女に見せようと必死になった。しかしそれが楽しくもあった。それがいつしか皆女から母になり、自分を着飾ることを忘れ、その代償に愛を覚えて、なんだか私だけ置いていかれたような気がした。その瞬間私の中の女が枯れたのだ。仕事があるし、結婚したいとも彼氏が欲しいとも思わない。もう一緒に派手に着飾る友達もいない。美しく咲く栄養源がなくなった私は惨めに萎み枯れていく。



「ほら!周りを見てみなさいよ!若さに満ち溢れてるじゃない。特に丸井くんなんて」
「中学生なんだから当然でしょう」
「でも変よねえ。丸井くんモテるでしょうに彼女いないんだって」



彼女は所謂「保健室の喋りやすい先生」だからなのか、なにかと生徒の近況に詳しい。居城の保健室でこんな話をしていると、ふと彼女が廊下にいる丸井ブン太くんに視線を送った。それにならって私も彼を見る。真っ赤に染め抜かれたとても派手で印象的な髪は、それこそ若いから出来るのだろうなと思う。その若さが眩しく見えてしまうあたり、私は本当にオバさんに成り下がったのだろう。


「大体、あんなにイケメンなのに彼女がいないわけないわよ」
「まあ、確かに不思議よね。でも昔からいたじゃない?完璧なのに恋人出来ない奴」
「それはなにかどうしようもない欠点があるのよ。うまく仮面被ってんの」
「まるで昔のあんたの話を聞いてるみたいだわ、りぜ」



"あんたもそうだったじゃないの"と思ったが、それは言わずにおいた。ふと丸井くんを見ると、女子生徒に声をかけられていた。彼に恋している女子はとても多いようだし、彼女もその一人なのかもしれない。



「あんないい子、もし旦那がいなきゃ私が狙うわよ」
「まあ、確かにいい子よね。可愛げがあるし」


そんなことを言いながらずっと丸井くんを見つめていたからなのか、不意にバチっと目があってしまった。何見てんだよババアとか思われてんのかしら。ああ、もしそうならかなりショックね。なんて呑気に考えていると丸井くんはハッとした表情をして、ゴソゴソとなにやらポケットを漁り出した。そして脇目も振らずこちらに向かってくる。なにかあったのかしら。



「美袋先生!」
「なに?」
「これ!俺が作ったんだけどよかったら食ってみて」
「…ありがとう」


突然過ぎて驚いて、とりあえず受け取ってみたけど頭がついていかない。手元を見ればシンプルだけど綺麗にラッピングされた小さな袋がある。


「それ、チョコケーキ。そういや、好きだって言ってたな〜って思い出してさ」
「そんなこと言ったかしら」
「だいぶ前に言ってただろぃ」


チラッと先程まで話していた同僚を見るとなにやらニヤニヤした表情でこちらを見ている。こいつあと1週間はこのことをネタにからかってくるなと確信した。



「でもどうして急に?」
「え!女の子なのに興味ねえのかよ?今日、ホワイトデーなんだけど」


あ、と思って壁に掛けられたカレンダーを見て、確かにと思った。どうやら本当に私は女からオバさんに成り下がったようだ。少し前までこんな日ははしゃいで、いつもより化粧に気合いを入れていた気がするけど、それもどうやら昔の話らしい。



「でも、私なにもあげてないわよ」
「俺からの一方的なお礼ってことで!な?それだったらいいだろぃ?」


本当は生徒からお菓子なんて貰ったりしたらダメなんだけどなあ、と思ったけれど彼の顔を見るとどうしても断れず、"他の先生には内緒よ"と受け取ってしまった。その時の丸井くんの嬉しそうな顔と言ったら、もうどう表現したらいいのか分からない。上機嫌に保健室を出て行く丸井くんの後ろ姿を見て、思わず可愛いななんて思ってしまったりして。



「あら、りぜ先生?モテモテねえ〜」
「うるさいわよ」


赤に映える金色をそっと解くと中には彼の言った通り、一口大に切られたチョコケーキと、それから…


「アメ…?」


コロンとひとつだけ入っていたアメ玉を見つめていると、横にいた同僚がクスクスと笑い出した。


「若いわね〜、丸井くん」
「なにが?最近の若い子はアメ渡すのが流行ってるの?」
「あら、りぜ知らないの?ホワイトデーに渡すキャンディの意味」


そのあとに続けられた彼女の言葉に、私の思考はフリーズするのだった。





「ブンちゃん、先生にちゃんと渡せたんか?」
「もうバッチリだって!まあ、ホワイトデーのことはすっかり忘れてたみたいだけど」
「それにしてもブンちゃんも粋じゃのう。アメをひとつだけ入れる、なんて」
「天才的な告白だろぃ?」
「しかし、先生は知っとるんかのう?そのアメ玉に"あなたを愛しています"なんてクサイ意味が籠められとること」
「知らなかったら知らなかったでいいよ。きっとその方がいいだろうしな」



花の終わり
(もう一花だけ咲かせてみる?)





title by 休憩


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