苺を添えて召し上がれ
まず、登校して不思議に思ったのは毎朝鬱陶しい挨拶をしてくれる貴方が素っ気なかったこと。下駄箱の前で会うと抱きついてきて、どれだけやめてって言っても離してくれなくて、みんなにからかわれるのが日課なのに、今日は「おはよう」と私の顔も見ずにただそれだけ言うとさっさと教室に向かってしまった。 毎日鬱陶しいんだけど、急に何もなくなるとそれはそれで物足りない。
「今日、仁王どうしたんだよぃ」
教室に入って自分の椅子に座ると丸井がそう問いかけてきた。テニス部で共にレギュラーをしている彼にも、今日の仁王の異変が伝わったらしい。ちらっと仁王の方を向くと、机に突っ伏して寝ているようで、それにもまた腹が立った。
「さあ?しらない。私に飽きたんじゃないの」
思わず怒りをぶつけるような口調で丸井に返事をしてしまった。丸井は丸井で焦った顔をしてる。やべえと言う声が聞こえてくるようだった。
確かに私の仁王への態度は冷めていたかもしれない。仁王に酷いこともたくさん言ったかもしれない。けど、もし嫌いになったのなら何か言ってくれてもいいじゃない。そうしたら私だって考え直した。別れたいと言うならちゃんと答えも出すよ。そんな態度を取るなんて酷いじゃないか。私だって傷つく心は持っているのに。
「おい…」 「なによ」 「泣くなよぃ」
そう言って丸井はハンカチを差し出した。泣いてないと言おうとしたけど、情けなく視界は歪んでとても否定なんて出来そうにない。
「どうしちまったのか、仁王に聞いてきてやるからさ」 「いいよ、べつに」 「きっと仁王だって理由があんだって」 「べつにいいってば」
これが長年の友情というやつなのか。丸井は仁王を庇おうと必死だ。そして、私のことも傷つけないようにと気を遣ってくれている。ああ、丸井は何も悪くないし関係すらないのにな。 元々仁王は気まぐれだったし、いつかこんな日が来るような気がしてたんだ。その"いつか"が今だっただけ。ただそれだけなのに。 気付けば丸井は仁王のそばに行って何かを話していた。本当になんて良い奴なんだろう。私達の問題なのに、そうやって間を取り持とうとしてくれてるんだろうな。 ふと仁王がこちらを見た。泣いてるところなんて見られたくない。そう思って丸井のハンカチで目を押さえる。見なくていい。こんな私は知らないまま、どうぞ離れてくれればいい。貴方の中で私はずっと強気で生意気な高飛車女であればいい。
「りぜ」
私の前に立った貴方は手を掴んで無理矢理私を立たせた。そして引っ張って歩いていく。辞めてと手を振り払うこともできたけれど、そうはしなかった。何も考えたくなかった。私はただ彼に手を引かれるまま、ずっと後ろをついて行った。その間、私達が言葉を交わすことはなかった。仁王が屋上に通じる扉の前で足を止める。
「ごめんな、りぜ」
それはどういう意味なの?急に別れを切り出すことを許してくれとそう言いたいの?
「俺が泣かせたんじゃ…、すまん」 「謝罪なんていらないっ」
つい、強目の口調でそう言った。仁王の顔も見れない。どんな顔で見ればいいか分からないし、仁王がどんな顔をしてるのかも知りたくない。
「別れたいなら早くそう言ってよ。変に期待させないで、早くふってしまって…」
言いながら涙が出た。いつからこんなに仁王に染められてしまったのだろう。いつからこんなに好きになってしまったのだろう。胸が苦しい。抉り取られるようだ。早く言ってと思うのに、その時が来るのが怖い。昨日に戻りたいと思う。どこで間違えたのと考えても、到底分かりはしなかった。
「早く、嫌いだと言ってよ…!」
そう言った途端に何かが吹っ切れたような気がした。涙がボロボロこぼれ落ちて、止まれと思っても止まらなかった。涙は重力に引き寄せられて、白い床に弾けた。いくつもいくつも弾けて、それでも涙は止まろうとはしなかった。
「りぜ、泣かんで」
仁王は私をぎゅっ抱きしめた。何度も抱きしめられたことはある。でもこんなに優しく、まるで割れ物を扱うように優しく抱きしめられるのは始めてだった。なんて意地悪な人。いっそ厳しく当たってくれたなら、貴方を突き放すことが出来ただろうに。
「俺はりぜと別れる気なんてないぜよ」 「じゃあ、どうして冷たくしたのよ?嫌いになったんでしょう」 「違う」 「違わない!」 「違う!」
私には貴方が分からない。何を考えているのかちっとも読めないの。それでいつも不安になるのよ。貴方が好きだと言ってくれる度に、本当なのかって疑うの。いつか裏切られてしまうのなら、いっそ好きにならなければって。なのに、別れるのは嫌だってそう思うの。いつも矛盾して、貴方のことも自分のことも分からなくなって…。今も貴方がわからないの。何を考えてるのか、ずっと隣で教えていて欲しいとさえ思う。
「俺、いつもりぜにベタベタくっついとるじゃろ。りぜはいつもそれを鬱陶しそうにしとった」
だって、恥ずかしかった。貴方が思うよりも私はずっと初心で、なにか…そう、例えば貴方が好きだと囁くだけでも、本当は心臓が爆発しそうになるの。それを貴方や丸井達に悟られるのが嫌でいつも冷たくあしらった。
「俺思ったんじゃ。このままだと嫌われるんじゃないかって。やき、ちょっと冷たくしてみたんじゃ。でもそのせいでお前さんを泣かせた。すまん、りぜ」 「じゃあ、嫌いじゃないの?別れたいとも思ってないの?」
私がそう問うと、仁王はしっかりと私の目を見つめて言った。
「お前さんを嫌いになることなんて、この先一生ないぜよ」
約束する、と。そう言って貴方はそっと小指を差し出した。まるで子供。でもそれでもよかった。貴方のその言葉が今はとても嬉しかった。愛おしかった。
「絶対破らないでね」 「任せんしゃい」
貴方はふと柔らかく笑って、そして私に口付けた。とても甘くて、ほんのりしょっぱい、そんな味がしたの。
苺を添えて召し上がれ (甘いだけじゃ飽きてしまうから)
title by 休憩
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