恋を欲しがる少女
陽の光がとても柔らかな日だった。先輩の長い黒髪がふわふわと風に揺れたせいでそう錯覚したのかもしれない。でも本当にその日は、まるで祝福されているように柔らかな日だったのだ。
「財前、これあげるよ」
先輩が俺に強引に渡してきたのは淡く輝く小さなピアスだった。見覚えのあるそれは、3年間先輩の耳元で輝いてきたもので、見ると先輩の右耳は輝きを失っていた。
「こんな女物着けませんよ」
「えー、いっぱい開いてんだから一個くらいいいじゃん」
先輩は不服そうに頬を膨らませて俺を睨みつけてきたが、元々愛らしい顔をしているうえに目元が赤かったので全く怖さなんてものは感じない。
「てゆーか、なんでピアスなんすか」
「え?」
「普通こーいうんは男が女に第二ボタンを渡すもんでしょ」
「だって第二ボタンないじゃん」
先輩はアピールするようにワンピースのようになっている制服の腰回りを引っ張った。上半身の皺がピンッと伸びた制服には確かにボタンは見当たらない。当然だ、この制服はファスナーなのだから。
「ボタンの代わりって考えたら、3年間ずっと着けてたそのピアスくらいしか思い付かなかったの」
先輩は俺の掌で輝くそれを指差して、にっこりと微笑んだ。その微笑みはやはり柔らかかった。
「お揃いだよ、財前」
左耳に残った対のそれを見せびらかす様はとても楽しそうで、嬉しそうで、俺はつい少し前まで寂しいと想っていたことなんてすっかり忘れてしまっていた。
「…でもなんでそんなん俺に渡すんすか」
核心に触れることは俺たちの関係を壊すことかもしれない。だけれども、もう卒業してしまうならという都合のいい理由と、もうしかしたらという淡い期待から俺は遂に、その一歩を踏み出してしまった。
「…財前って鈍感なの?それともわざと?」
「さあ?ちゃんと言うてくれな分かりませんわ」
「…財前が…、」
先輩は一度口を噤んだ。少し俯き気味になりながら、言葉を探しているのか恥ずかしいのか、組まれた指先が忙しなく動いている。
「財前が…、私に恋するかもと思って」
「…は?」
「お揃いのピアスなんて貰ったら、ちょっと意識してくれるかもとか期待したの」
遠まわしな返答でも、不安そうに俺を見上げる瞳がもう充分に全ての気持ちを物語っていた。なんて幼稚で愛らしい先輩なんだろう。優しく抱き締めると先輩の髪がふわり揺れた。
恋を欲しがる少女 (仕方ないから貰ってあげます)
title by 休憩
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