飼い主と非常食 | ナノ
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目をあけると、いつもとかわらない、きたねえけしき。

まひしていたはずの、いやなにおいが、ツンとはなをしげきして。

なんだか、とても。


とても、ながいゆめを見ていたような気がする。






***
「やばいかもしれない…」

私は一人唸った。予期せぬ現実という恐ろしいものに襲われたせいで。

「金が減ってきた」

知っての通り、いままでの私の食費はコーヒー代のみ。だからこそ、一人くらい増えたってなんとかなるだろうと思っていたのだけど。逆に考えれば、今まで0に近い数値だったものが跳ね上がるということでもあるわけで。

「バイト、増やすかなあ…」

やれやれ。これで単位落としたらシャレになんねえな。でも守るって決めちゃったしな…。さっそく前言撤回で捨てちまおうかな…。

「なんて、冗談だけどー」

誰にともなく言い訳した。今、部屋には誰もいない。ちびはシャワーを浴びているのでお風呂場だ。ちびが近くにいたら流石にこんなことは考えない。いやはや、この年にしてもう親の悩みを知ることになるとは思わなかったぜ。

それにしても。食費、かあ。まさかそんなことで悩む日が来るとは思わなかった。全く、人間とは面倒な生き物だな。食いたいもんがあるなら自分で狩れよ!…なんて、バイトしてる私が言っても説得力はないが。仕方ねえじゃん。面倒なぶん、人間の生活は色々と便利だ。

そんな便利さも、壁の中にはねえんだよなあ。そりゃまあ、少しはあるかもしれないけど。それでも、電話はないし、車も確かなかったような気がする。詳しくは曖昧だ。ちびの前で堂々と調べるのも抵抗があったし。

…そういえば、ちびが自分たちの世界の話を読みたいと言ったことはなかったな。なんでだろう。知っても無駄だと思ったのか。見せてもらえないだろうと思ったのか。知りたくなかったのか。はたまた、帰る気がなかったのか。
きっと、最後の選択肢はあり得ない。あいつは、いつか帰るだろう。その時、わたしがどうすればいいのかは、まだ分からない。どうしたいのかも分からない。焦る。はやく決断しなければ。いつ帰ってしまうのかも分からないのに。

食費、やばいなあ。

そうやっていつも現実逃避しては、悩むべきことを後回しにする。考えたくないことは、なるべく考えたくないよ。

***

ちび、遅いな。極度の綺麗好きなため、短い時間で出ては来ないものの、だからと言って何時間も使うわけがない。もともとシャワーなんてなく、水が貴重だという世界から来たのだ。

まさか、倒れてるんじゃないだろうな。やれやれ。未来の人類最強ともあろうお方がなにをやっているんだか。

「ちび、大丈夫かー」

洗面所の扉を開け、お風呂場のドアへ呼びかける。返事がない。ただの屍のようだ。いやいや。シャワーの音はしているので、シャワーにのぼせてぶっ倒れてるのかもしれない。

「ちびー?開けるよー?止めるなら今のうちだよー?文句は後から聞きませーん」

こんだけ呼びかけたんだからいいだろと、遠慮なくお風呂場のドアを開ける。


そして、私は。
唐突な現実に、打ちのめされた。


シャワーの水は出しっ放し。洗面所の替えの洋服は畳まれたまま。さっきまでちびが着ていた洋服は、洗濯カゴの中だ。ちびの匂いはないし、出て行った気配もしなかった。


それなのに、姿はどこにもない。


ここまで状況を確認してから、私は、いつものごとく後悔した。
ちゃんとどうしようか考えておけばよかった、と。


どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

ちびを、食べないと決めた私は、どうしよう。

ちびを、守ると決めた私は、どうしよう。


宙ぶらりんな気持ちを抱えた私は、バイトを増やす必要はなくなったな、なんて、とんちんかんなこと考えて。

いつか来るであろうこの日を恐れてはいたけど、本当に来るまで信じられなかった、なんて、言い訳。

きっと、心の奥底で。ちびはずっとここにいるんじゃないかって思ってた。願ってた。いつか帰ってしまうだろうと言いつつ、本当はそんなこと受け入れてはいなかった。だって。あいつは結局、ずっと逃げなかった。私は多分、追わなかったのに。あいつもそれを、感じとっていただろうに。

今も、受け入れられてはいないんだ。ただただ呆然としているだけ。実感が湧いていないだけ。もしかしたら、実感が湧かないまま日々を過ごして、いつかはケロッと忘れてしまうかもしれない。


ああ、地に足がつかない。私は今、浮いているのだ。


どうしようか考えたって、どうにもならないこと、本当は知ってた。

なんでちびが来たのかも知らなければ、どうやって帰るのかも知らなかったのだから。


そして、無意識のうちに、ちびは帰ったんだと認識している自分がいることに気づく。


そうだ、ちびの帰る場所、ここじゃないんだ。


非常食が、なくなってしまっただけ。ちょっと困るなあって、それだけ。また前の生活に戻る。それだけ。また、一人暮らしする。それだけ。


そう、だから。これは、一人暮らし特有の、独り言というやつだけど。


ばいばい、リヴァイ。

ありがと。

こんなつまらない、普通の言葉でごめん。

どこか遠くで、生きててください。




end