迷子
またか。
また、いつの間にか見知らぬ土地で、いつの間にか黒い着流しを着ていた。前と違うのは、戦場じゃないこと。さっき(と、俺は思っている時間)と違うのは、夜ではなく昼であること。
さすがに、3度目ともなるとすんなり納得した。記憶喪失か。俺の脳は一体どうなってやがんだ。一回死なない程度に解剖してみて欲しい。
…いや、やっぱ駄目。それで本当にからっぽだったら落ち込む。世の中には知らない方がいいこともあるってやつだ。
とりあえず、落ち着いて、今の自分の持ち物を確認した。まず、ミサンガ、ある。刀、ない 。
…あれ。
その他の持ち物。
無し。
あの、俺、何やってたんだよ、マジで。
…気を取り直し、自分の身の回りの観察に移る。目の前の現実のみを見ることによる現実逃避を試みた訳ではない。断じて違え。
正面、建物。右、建物。左、道。後ろ、道。以上。
人通りはあまりないが、人間が住んでいる町であることは間違いなさそうだった。言うまでもないことだが、見覚えは全くない。
そういえば上を見てねえなと思い、上を見上げると、見たこともない物体が空を飛んでいた。何あれ。
…そういえば下を見てねえなと思い、下を見ると、普通に道だった。安心すればいいのか。いやいや。このままもう一回空を見たらさっきのは気のせいだったとかならねえのか。じゃあ見てみりゃいいだろ。
幻覚じゃなかったらどうしたらいいんだよ。
あー、別に、前だけ見てても、歩けるよな。上なんか見なくたってさあ。
再び気を取り直して、左の道を歩き始める。しかし、前だけ見ていても目に入ってくる異様な光景に、またもや打ちのめされた。
明らかに木でできていない建物が、ちらほらとあるのだ。木でできてないって、じゃあ何で出来てんだって質問は、俺が一番したい。
色々なことをひとまず無視してまた歩き始めると、段々人とすれ違うようになってきた。すれ違う人は、見た目は普通の人間ではあった。安心すればいいのか。無理だ。中身が人間じゃなかったら…止めよう。別に怖くなったわけじゃねえけど!
***
「腹減った…」
俺が最後に食事したのはいつなんだろうか。それすら分からないって、余計腹が減るわ。パフェ食いたい。……いや、パフェって何だよ。知らねえよ。
はあ…なんか、疲れた。
イライラする。糖分が足りねえんだよ、とーぶんが。ふらふら歩いていれば食えるわけではないことは分かってるけど、だからって立ち止まっていても食えないことも分かってるわけで。ただ、止まると脳を働かせないといけないような気がするからとりあえず歩いている。身体的疲労より、精神的疲労の方がきつい。しばらく治らねえし。
***
歩き続けている内に、夕日が傾き始め、空が暗くなってきていた。どのぐらい歩いたかは知らないが、相当自分が疲れているということは知っている。いつになったら止まるんだろうと考えたが、それを決めるのは俺なわけで。もうそれを考えることすらもめんどくせえので誰かが止まれとか言ってくんねえかな。そしたら止まるから。多分。
そしてとうとう、ふらっと転けた。やっぱもう歩きたくねえわ。幸運なことに近くに椅子のようなものがたくさん並んでいるのが見えたので、そこまで体を引きずって行く。その中の適当な一つに腰掛けようとしたが、予想より高く、ずり落ちて背もたれにした。石が冷たい。体温を奪われている気がする。
目をつぶって休憩したあと、さっきよりは冴えてきた頭で辺りを見渡すと、そこは椅子の集団なんかではなく、墓場だった。俺、座ろうとしたんだけど。罰当たりという言葉がよぎったので慌てて消す。ごめんなさい知らなかったんです祟らないで。300円あげるから。
その300円という言葉に釣られたんだかなんだか知らないが、俺が背もたれにしている墓に人が近づいてくる音がした。いやいやいや、マジでやめてくんない。俺本当は300円持ってねえんだよ。
かちゃん。なにか皿のようなものを置く音が。どうやら用があるのは俺ではなくこの墓らしい。
あー、腹減った。いい匂いがする。俺が空腹だと知ってそんなもの供えてるのか。匂いで分かる。まんじゅうだろ。腹減った。甘いものが食べたい、
「おい、バアさん。そのまんじゅう、食っていい?腹減って死にそうなんだ」
一瞬考えてから、今出した声が自分の声であることを認識した。無意識だった。本能的ななにかってあるんだな。
「それは私の旦那のだよ。旦那に聞きな」
旦那って、この墓の下のか?そいつに聞けとは、無茶ぶりもいいところだ。
祟りとか怨みとか、食欲の前では考えるのが全部めんどくさくなって、一つ、また一つとまんじゅうを頬張る。めっちゃ美味い。今までで1番かも。
「何て言ってた、私の旦那」
「知らねえ」
聞いてねえし。というかそんなん怖くて聞けるか。
「バチ当たりな奴だね。たたられても知らんよ」
だからそういうこと言うなって。本当にたたられたら責任とれババア。その代わり。
「死人は口もきかねーし団子も食わねえ。だから勝手に約束してきた」
自分のしてることの意味、正直よく分かってないけど、
「この恩は忘れねえ」
そう。きっと、今度こそ。
「あんたのバーさん、老い先短い命だろーがこの先は……アンタの代わりに、俺が守ってやるってよ」
この時は、そう思っていたけど。後になって振り返ってみれば、もらうばっかりで、恩なんてちっとも返せていないのだった。
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