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移動
 
ここを寝床としてしばらく経った頃。あの人は私塾というやつに招かれたらしい。なんでも、知人に頼まれたのを引き継ぐとかなんたらとか。

「だから、引っ越しです」

今より広いところに行くことになりますけど、着いてきてくれますか。そう訪ねられた俺は脳内で思考する前に反射的に頷いていた。

***

新しい寝床へと移動するため、荷物を背負って二人で歩いているときだった。それまで無言だったのに、隣を歩いていたあの人が唐突に話し始めた。

「私、これから先生というやつになるんですよ」

なんて答えたら良いのかが見つからなくて俺は黙ったままでいた。

「だから、先生と呼ばれることになるでしょうね」

そこまで言われて話の筋が見えた。気づかれていた。お見通しだったのだ。今まで俺がこの人の名前を呼んだことがないことくらい。別に、大した理由があるわけでもないのだけど。…たぶん。

「せん、せい」

「はい」

そう言うその人の、せんせいの顔はやっぱり笑顔だった。

「銀時、」

俺は今まで下げた視線をまた上げ、目を合わせる。

「あなたは私の最初の生徒です」

そう言われた瞬間、上げていた顔をまた伏せてしまった。「は、い」返事をする自分の声が聞こえる。顔が熱くなるのを感じた。荷物を持っているから手は使えない。せんせいの楽しそうな様子から、赤くなっているらしい耳を押さえたかった。


***

人、人、人。そこには予想以上の人が、子どもがたくさん居た。授業中らしく"先生"が話をしているのを机の前で座って聞いている。俺と"せんせい"はそれを黙って眺めていた。
今居る場所は、この寺子屋の中の、さっきの授業をしている教室から中庭を挟んで向かい側にある部屋の中だ。窓の外から今みたいに授業風景を観察することができる。どういう経緯でこういう状況になったのかはせんせいと大人の人が話しているのをまるで聞いてなかったせいでよく分からない。恐らく引き継ぐ為の準備とかそんな感じなんじゃないかな。

くあー

興味がいまいち沸かず、欠伸が出た。その時、窓の向こうの子どもの一人と目が合った。しかしすぐに逸らされる。ああ、そういえば俺はオニだった。しばらく化け物扱いされなかったので、うっかり忘れていたけど。




 

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