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死人のような顔だ。

ふと頭に浮かんだその言葉。幼い頃に聞いたはずなのに頭から離れないのは余程ショックだったからだろうか。
確か、母親に言われた言葉だった。母親のことは、わりと好きだったような気がする。きっと私にも素直でいい子だった時代もあった筈だ。

私は所詮、記憶喪失というやつで。その言葉だけが耳について離れない。いや脳について離れないのほうが正確だろうか。ニュアンス的に。記憶喪失だし。そういえば記憶を喪失してしまったら、失ったということすら理解出来ないのではないのではないかと前は考えていた。
ちなみに私は何故記憶喪失だと自覚したかというと、簡単な話、断片的な記憶が頭の中に残っていたからだ。逆に言うと断片的にしか残っていなかったわけではあるが、ポジティブ思考でいこうじゃないか。

その少ない記憶の中でとりわけ強く残っていたのが冒頭の母親からの言葉なわけだ。いや、正直母親からの言葉なのかははっきりとは覚えていないのだか、ややこしいのでとりあえず母親からの言葉だということにしておく。どうやら私は死人のような顔をしているらしい。記憶を喪失してからは鏡を目にしていないため今もそうなのかは不確かではある。だがしかし、少なくとも幼い頃はそうだったのだ、多分。となると先程のきっと素直でいい子な時代があったというのも疑わしい。死人のような顔をした素直でいい子がいてたまるか。いやもしかしたらいるかもしれないけど。もしくはその時たまたま顔が死んでいたのかもしれないこど。それはそれで嫌だ。真実は不明だ。なんてったって記憶喪失だから。

今までだらだらと言葉を連ねてきたわけだが、つまり何が言いたいかというと
「此処はどこ。私は誰」
というお決まりの二文なわけで。



***

私は幸運だった。当事者としてはどちらかというと不幸中の幸い、と言いたいところではあるが、幸運だった。さっきお決まりの二文を呟いたときに、それを近くで聞いている人がいた。さらにその人はそんな戯言を吐いた私を気にして声をかけてくれるような人だった。うん、なんて幸運なんだろう。そう思うことにした。

「あー、なんか思い出したか」

頭に手をやってそう聞いてきた例の良い人。白くてモジャモジャした変な頭だ。綿あめみたい。そこでおや、と思った。

「はい。綿あめを」

思い出しました。怪訝な顔をする良い人。私なにか変なことを言ったろうか。正直に向こうの質問に答えただけのつもりなのだが。ちょっとよく分からないなあ。やっぱりほら、記憶喪失だから。

「……」息を吐くその人。

ため息をつかれてしまいました。どうしましょう。迷惑はかけたくないなあと思いつつ、頭の半分は全く違うことを考えていた。ため息という概念も忘れていないのか。

「すみません」

そう口にするとまたもや怪訝な顔をされてしまいました。私、自分が変なことを言っているのかそうでないのかも分からないの。

「え、なにが?」

もしかしたら、変なことを言ったというよりは説明が足らなさすぎたのだろうか。人間と人間の会話って難しい。

「ため息をつかせてしまいました」

ああ、と今度は納得した顔になったその人。ようやく私も安心。けれど「でも、」と逆接の言葉を持ち出してきたその人にまたもや私の不安が少し募る。

「まあ、そんなこと気にすんな」

……?なんで私は気にしなくてもいいの?不思議。よく分からない。あなたの言っていること。でも聞いても分かりそうにないので分かったような顔して黙っている。

沈黙。

私はなんとなく空を見上げた。青い空と機械的な物体。あれはなに?

聞かない。聞いてもきっと分からない。これは諦め。記憶喪失は記憶がない。思い出がない。会話力、常識足りない。1になりきれてない気がする。一人ですらない気がする。二人な気もしない。

「…おい、大丈夫か」

大丈夫か。大丈夫じゃない。大丈夫ってなに。どこからが大丈夫でどこまでが大丈夫じゃない。私は大丈夫なの?分からない。

「はい、大丈夫です」

とっさに口から出たのは脳が指令を出す前にきっと喉が勝手に発した言葉なのだ。だって言ってる私自身、意味が分からない。

「嘘つけ」

はい、嘘です。そうですよ。なんで知ってるんですか。なんであなたがそんなこと分かってるんですか。

「大丈夫じゃないだろ」

「、うるさいです、なに言ってるんですか、私のことなんて分からないくせになに言ってるんですか、うるさいです、意味が分からない、なに言ってるの、分かったように、知らないくせに、うるさい、うるさい、」

言葉が口から滑り落ちていった。止まらなくて。

突然、私の言葉が止まった。びっくりしたから。彼の手が私の頭に乗っていた。なぜ。

「ああ、分かんねえよ。全然分からねえ」

…そっか。そうだね、分からないよね。普通だね。とっても普通のことだね。

「ありがとう」

そうやって私は生きてる顔で笑った。





***
坂田銀時。
はい?
俺の名前。
えっと、私の名前は忘れてしまいました。
そっか。
はい。




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