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目を開けると、淀んだ空気が辺りに充満していた。雨だった。万事屋には誰もおらず、俺一人の息遣いだけが虚しく響いている。どうやら、俺が昼寝している内に二人とも出て行ったようだった。そういえば、うつらうつらとしている時に新八が買い物に行ってきますと言う声が聞こえたような。神楽は、最近雨が降ると機嫌良く出かけて行くし。定春も一緒だろう。

そういうわけで、俺は一人ふらりと戸を開け、外へ出た。雨が降っているのは分かっていたが、傘を差す気にはなれなかった。階段を下りる、カン、カン、カンという音が、雨の音に混じって聞こえていた。

屋根のないところへ出ると、情け容赦なく雨が俺に降り注ぐ。少しくらい容赦してくれてもいいものを、と思うが、なんとなく濡れたいような気もした。俺は多分、今ちょっと変だ。

***

通りすがる人にじろじろ見られる。当たり前か。俺だって傘も差さずに雨の中歩いている奴がいたら見る。ただ、濡れているとか見られているとかいうことはどうでもよく、新八と神楽に見つかったらなんて言われるだろうかということだけが気になった。

「おい」

声を掛けられ、足を止める。振り向くと、やたら黒いやつがそこにいた。傘も黒い。なんだっけ、名前。黒…黒兵衛?違うな。

「何やってんだよ。傘も差さずに」

今何やってるかって?お前の名前を考えてんだよ。あー、えっと。

「小田君こそ何やってんの」
「おい誰だよ小田って!土方だ土方!」

そうだ。多串くんだ。「お」は覚えてたんだけどなあ。嘘だけど。

「はあ…見廻りだよ見廻り」
「ふーん、そらお疲れサマ」
「てめーに会ったせいで余計疲れたわ」

あっそ。知らねえよそんなん。

「じゃ、ガンバレよ多串くん」
「土方だ脳無しが」

誰が脳無しだ。

「あっ、おい!てめっ、ちょっと待て」

うるせえな。無視して歩いていると腕を掴まれた。

「なんだよ、お疲れなんじゃないんですかあ」
「てめーは何やってんだって言ってんだろ。傘も差さずに」

ほんとうるさい。腕を振り払って走ってやろうかと思ったが、その後鬼ごっこが始まるのが目に見えてげんなりして止めた。

「あー、傘忘れた」
「昨日から雨降ってたのにか」

そうだっけ。

「……うぜえ」
「あ?」
「なんも言ってないですうー。耳おかしいんじゃねえの死ねば?」
「うっせーてめえが死ね」

バチバチと、こいつの傘に雨が降る音がしている。俺の頭にも雨は降ってはいるが、音はしないので本当は俺の上にだけ雨は降っていないんじゃないかという気になる。髪からぽたぽたと垂れる雫も、不思議とどうでもよく感じた。それよりも今は、こいつがうざい。

「で、お前なにやってんだよ」

ほんとうざいよ、副長さん。目障りだから消えてくんねえかな。まじで。頼むから。

「…お前、どうしたんだよ」

うっせえな。どうでもいいだろ。んなこと。

やっぱり腕を振り払って逃げてやろう、隙をつけば鬼ごっこにもなるまい。そう思って腕に力を入れた瞬間、雨の音が消えた。

「へ?」

驚いて目を見開いた瞬間、多串くんの腕が離れるのを感じた。そして、瞬きしたほんの一瞬。次目を開けた時には周りの景色が変わっていた。

「は?……どこだよここ」

隣で呟く声が聞こえる。さっきまでかぶき町にいたはずだが、辺りは土ばかりで、都会の影も形もなかった。

「おいてめー、なにしやがった」
「はあ?俺がこんな意味わかんねえことするかよ。つーか出来ねえよ」
「…じゃ、ここどこだよ」
「知るかよ」

さっきまで雨が降っていたことは同じなようで、辺りに水たまりがたくさんあり、土の地面はぬかるんでいる。見える景色をざっと見回して思う。ここがどこだか知らないというのは、多分嘘だ。俺はここを知っていると思う。ただ、あまりにもあり得ない。これが夢だとするならば、コイツがいる意味が分からない。はっきり言わなくても普通に邪魔だ。

「なんなんだよ、ほんと…」
「それはこっちのセリフだ。なんとかしやがれ」

うるせー、ほんとお前邪魔。

「じゃあなんとかしに頑張ってクルカラ、多串くんそこにいてネ」

黒兵衛の返事なんか無視して歩き出した。俺の思っている通りなら、こっちにあるはずだ。

***

「おい」

記憶にこびりついている道をしばらく歩いてから、立ち止まって呼びかけた。まあ、道と言っても道なき道というか、はっきり言って道じゃないが。

「なんでついて来てんだよお前」
「逆になんで大人しく俺が待ってるだろうと思ったんだ」

…悔しいけど、そう言われてみるとそうかもしれない。そりゃあ、あの状況で大人しく待ってるやつのほうが少ないか。

「はあ?待ってろって言ったんだから待ってろよ」
「 あ?なんでてめえの命令なんざ聞かなきゃなんねえんだよ」

拉致があかない。

「言うけど!お前、邪魔!付いてくんな!」
「俺だっててめえについて行きたくなんざねえよ!でもお前、ここどこだか知らねえってのは嘘だろ!」

なんで分かったんだよ。そうだよ多分嘘だよ。だからついて来てほしくねえんだろうが。
もうなんかどうでもよくなってきた。

「だー!めんどくせー!勝手にすればあ?」
「ああ!すっげえ癪だが勝手にしてやるよ!」

よし、決めた。こいつは空気。空気。いないなんもいない。

***

それなりに歩いて、ようやく建物が見えてきた。ああ、やっぱり。見覚えのある建物だ。間違いない。最初の、家だ。

別に、なにもする気はなかった。ただ、生きてるあの人を一目見れたらそれでいいと、そう思った。だから、あちら側からは見えないような位置で敷地の中を眺めていた。昔は高く感じた塀も、今ではすっかり目線の下で。
ここからだと、教室は見えないし、なんの声も聞こえなかった。ただ、休み時間ならうるさい声が響いているはずなので、何かやっていることは間違いなさそうだ。もしくは、誰もいないのか。

「万事屋」

ここにきて、ようやく空気が口を開いた。そういえばいたな、と思った。

「入りてえなら入ればいいじゃねえか。なにビビってんだよ」
「うっせー。ビビってなんかねえよ」

…俺は、入りたいのかな。そんなこと、していいいのか。ああ、そのとおり。ビビってんだよ、俺は。だって、怖いじゃないか。もう一度、向き合うなんて。話をするなんて。正気を保っていられるかも分からない。嫌なわけじゃない。ただ、怖い。

「おや」

ビクッと、自分の肩が跳ねたのを感じた。そういえば。

「そんな濡れ鼠でなにやってるんですか?」

そういえば、この人、気配消して近づくの、得意なうえに好きだったな。

濡れ鼠と言われて、始めて自分がずぶ濡れなことを思い出した。思い出したら寒くなってきた。あれほど躊躇してたくせにあっさり入ったのは、そういう理由ってことにした。

***

どうしてこんな状況になったんだろう。
見慣れたちゃぶ台で、成人から数年経った俺と、あの頃と変わらないあの人と、空気……めんどくさいからもういいや、土方のヤローと座ってお茶を飲んでいる。

どうしてこうなったんだろう。

「お腹減ってませんか?」
「はい?あー、まあ。減ってるかもしれないです」
「…おう」

唐突すぎた。とっさに同意してしまったが、今何時だろう。3時くらいか。

「おい」
「なんだよ」
「これ、どういう状況だ?」
「…俺が聞きてえよ」

だから言っただろ。お前邪魔だって。ついてくんじゃねえよ、今更だけど。

「あ」
「あ?」
「や、別に」

ふと思った。

まさか、手づくりか。

***

「焼きおにぎりですよ」

お盆に乗せてにこにこ持ってきたものは、どうやらそういう名前にしたものらしかった。焼きおにぎりって、あんな色だっけ。

「今日はたまたまご飯が余ってしまったんです」

おい、なんで余らせてんだよ俺。せめて自分でおにぎりにしろよ。この人に料理させる隙与えるなよ。多串くんも顔引きつってんじゃねえか。こっちは知ったこっちゃねえけど。ついてくんなって言ったし。

「いただきます…」
「……いただきます」
「どうぞどうぞ」

これほどいただきたくないのはダークマター以来だ。いや、こっちの方がマシだけど。


それにしても。
ああ、相変わらず、まずいなあ。なんでこんなおいしくないもん作れんだよ、先生。

「家族が増えてから、料理する機会がめっきり減ってしまったんですよ。その子、料理上手なんです」
「…そうなんすか」

上手って程じゃ、ねえよ。あと土方、なんでお前が返事してんだ。

「どんどん成長していく姿を見るのが、嬉しかったり、情けないことに寂しかったりします」

んなの、初めて聞いた。だって先生、ずっと笑ってたから。

「でも、これだけは確かです。私は、その子にとっても感謝してるんです」

だんだん、視界が白くなり始めていって。最後の声だけが、耳に残った。

「ありがとう。銀時」

***


雨が、自分に降りかかっているのを感じて。ゆっくりと目を開けるとさっきまでのかぶき町の景色が目に映った。

「戻ってきたのか…?」

隣には相変わらず土方のヤローがいた。こいつ、終始邪魔だったけど。こいつがいるってことは、今のは白昼夢ではないらしかった。

すこし乾いてた俺の体も、降り続く雨で再び濡れ鼠に戻った。ああ。すこし乾いてたっていうことも、確かにそこにあったという証拠であった。

「じゃーな、副長サン。お仕事ガンバッテ」

たまたま目が合った瞬間、めんどくさいことになりそうな空気を感じ、踵を返してとっとと歩き出す。しかし、早く立ち去りたいと動かす足は、鈍器のような言葉によって無理矢理止まった。

「吉田、松陽」

なんだ、知ってたのか。


ほんと、お前、厄介な奴だな。


「おい、」

相手の思うつぼなのは分かっていたが、体はピタリと固まって、これ以上前へ進むことを拒否していた。
雨の音が、遠くに聞こえた。

「お前、」

俺は一体何に衝撃を受けているんだろう?だって、長らく聞いていないわけではなく、さっきまで会っていた人間じゃないか。それでも、やっぱり。治す気のない傷であることは間違いなく。

「傘」

は?

「傘、差してけよ。濡れんだろ」

ああもう、全くこいつは。

「もう遅えよばかやろー」

そう吐き捨てると、今度こそ走り出した。ほんとバカだろあいつ。濡れた髪が額にくっついて、すげえうざい。

ぱしゃぱしゃと、水を跳ね上げながら思った。俺には、家がある。
万事屋に、帰ろう。



なぎささまへ!
大変遅くなってしまってすみません!リクエストに滾った結果長い文章になりました。作者としては若干の心残りがある文章ですがいかがでしたか…?正直、書き直す気力はありません(笑)。気に入っていただけなかったのであれば頑張りますが…。土方をあまり活かしきれてませんね。まず本編でせんせいから先生に移行せねば。
リクエストありがとうございました!


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