1輪目
どうして探索部隊になったのかと、リズは時々自分でも思うことがある。
家族は協力者(サポーター)をやっていて、教団やイノセンスといった人知を超えたものになじみがあったから? それなら協力者のまま家族とともに時にひっそりと、ある程度の穏やかさを胸に枠に収まっていたら良かったのだろう。ファインダーなんて、クラーヂマンに次いで死亡率が高いと言われているし、後悔しているかと聞かれれば彼女にはわからない。
「おい! リズ! はやく結界を」
「分かってますって、たいちょー」
ファインダーになって、どれくらいになるだろう。調査調査で、自分の目ではっきりと間近でアクマを見たのは初めてだ。
――ああ、なるほど。これは普通の人間では敵わないわけだ。
協力者でも何でもない一般人を後ろに、リズは脂汗をうかべる。ほらみろ、アクマに遭遇することなんてそうそうないな、などと油断した瞬間にこれだ。確か調査内容は、『死者に会うことが出来る』と噂の墓地があるから、真偽のほどをとのことだったか。キナ臭さ満天だ。そういう場所にこそ、イノセンスがある可能性が高いのは覆しようがない事実。いちいちエクソシストをよこすよりも、ファインダーがあたった方が早いなんて思っていた自分はいなくなれ! とリズは切実に考えた。
墓地に入り、リズと数名のファインダーたちで周囲を探り、近くの住人に聞き込みに行っていた一人がなかなか戻ってこなかったために、リズと同期のファインダー、そしてリーダー格の者と様子を見に行った矢先にアクマが出た。あっという間に同期の男がやられて、装置がある場まで後退しようと走ると、さらに運の悪いことに一般人が墓参りにやってきて。怒鳴られながら結界装置を展開したが、果たしてこれもいつまでもつか。装置の数は3つ。3人の身を守るにはいささか心もとない。ちらと彼女は振り返るが、あんなものを見たからだろう。一般人の女は気絶してしまっている。
「たいちょー……」
「なんだ」
「いや……ほら、他の皆は上手く逃げることが出来ましたかね?」
「さあな、どうだか。お前も災難だったな、こんなことになって」
「ああ、まったくもって本当に。でもファインダーになったからには仕方のないことなんですよ」
イチかバチか、結界を解いて逃げてみるか。――否、女をそのままにして逃げることは、2人の頭にはない。そして彼女たちは抵抗する手段を持たない者たちで。女の存在がなくとも、頭の中ではじき出される答えは、死あるのみ、だ。
「たいちょー……」
「……なんだよ」
「もう死んじゃうんですかね、自分たち」
「……。まだ死ねないぜ、おれは。家には妻も子どももいるからな。娘の誕生日が近いんだよ」
「私だって、まだ死ねませんよ。妹が家で待ってるんで。たいちょーが今にも死にに行くような台詞を吐くから、不安になるじゃないですか。あ、たいちょーの娘さんと私の妹の誕生日って近いんですね」
「先にへんなこと言ったのは、お前だろうが。……だが、リズもおれも、家族の喜ぶ顔はもう」
エクソシストであれば支給される無線付きのゴーレムも、その他の無線機器も、生憎と持ち合わせていない。近くをまわっているエクソシストが助けに来てはくれないだろうか。……それは彼女にも、限りなく不可能なことがわかる。
「きっと"エクソシスト"サマが来てくれますって」
リズは場違いなくらいに明るく言うが、空気はどんよりと暗い。幾度目かになるアクマの攻撃でタリズマンもぐらぐらと不安定にゆらぐ。このまま犬死にすることだけは、ごめんだ。リズは男に向かって笑いかける。
「たいちょー、私が時間をかせぎますんでその間に出来るだけ早めに遠くまで逃げてください」
「ばっか、そういうのはおれが言わなきゃ意味がねえだろうが」
微かにうめき声が聞こえる。確認していないために、リズには予測しか出来ないが、おそらくは女の目が覚めたのだ。
「無関係な一般人まで巻き込んでしまいました。大丈夫です、たいちょーは今まで死線をくぐりぬけてきたんでしょう?」
「そういうことじゃねえよ、話をきけ、リズ!」
「確率の問題です。私が彼女を連れて逃げるのと、たいちょーが彼女と逃げるのと。知恵がまわるのは、」
たいちょーです。言って、装置から抜け出しアクマへと駆ける。
「3人より、2人。2人より1人の方が動きやすいんですよ、たいちょー」
「話を聞けと言ってるだろうがっ、こんの馬鹿娘が!!」
――アクマの容赦のない威嚇がリズに向けて放たれた。
男は一瞬のためらいを見せたが、リズに背を向けると静かに女を促しながらアクマから距離をとる。このままリズ(馬鹿)の後を追って、彼女を連れ戻すよりも、そうする方がはるかに死亡率が下がる。しかし、この状況ではあまりに大差のないことかもしれなかった。
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