標的13

 


「……なに、やってるんですか?」


 応接室の扉を開いた蓮華は、思わずといった感じに問いかけた。
 風紀委員の誰もが吸い得ない煙草の残り香が鼻をくすぐった。先にはどこぞやの銀髪に、同じクラスの悩める野球少年、その二人より頭一歩分前に出ているは蜂蜜色の――加えて、それを今からいたぶってやろうかと言わんばかりの風紀委員長の姿。

 帰りたいんだけど、という心中をただ漏れにうわあ……、と小さく呟いた。








 とある教室の一室。各委員会の代表たちが、四角型に机を並べて、それぞれに手元の書類を眺めていた。今日は委員会ごとに決められた部屋割りが発表される。毎年、これといった変動はない。形式的に行われるだけになりつつあるが、本来はもっと生徒たちが意見を出し合い、それなりに有意義なものであってもいいはずだ。
 ――しかし、この場では下手に意見を出さない方が得策だ。たとえ高々いち委員会が、応接室なんて場所を占領していたことに対して、疑問を持ったとしても。


「……下手にたてつくより、黙ってた方がカッコいいですよ」


 あいたたた、と思いながら雲雀率いる風紀委員にノされてしまったものを見下ろした。返事を期待した訳ではないため、周りに風紀委員が居ないことを確かめると、せめて邪魔にならない場所へと引きずりながら移動をさせる。
 年頃なため、不良ぶってみんなと違うことをしたいし、違うことをしている奴をはじきたい気持ちは良く理解できる。だが、相手はきちんと選ぶべきだ。


「だからこういうことになるんだよ」


 しかも雲雀の前で群れに群れての仲良し発言だなどと、チャレンジ精神にあふれている。最近の若者は新しいものに挑戦しないだなんて、誰が言った言葉だったか。
 夏の日差しも弱まり、だらだらと汗が流れることもなくなってきた。じきに紅葉も始まり、山が赤や黄色に染まってくる。涼しげな風がじんわりと肌にまとう汗に心地いい。校舎の中、応接室を眺めながら、別にあそこに戻らなくても問題は無いかなあ、などと教室に鞄を置いたままだったことを思い出す。

 置いておく、という選択肢も無くはない。しかし、その場合は窓から投げ捨てられようと、ゴミ箱に捨てられていようと、果ては焼却炉の中だろうと文句は言えないわけだ。

 やや早足になりながら、靴を履き替えて階段をダッシュで上り、室内から複数の気配を感じながら扉をスライドさせようとしたところでそれが開いていることに気付いた。室内へと足を踏み入れたところで、冒頭に戻る。


「……何をしているの、綱吉くんたち」


 問いかけてみたのはいいが、蓮華は自身の行動を迂闊だと思った。わざわざ蓮華がこの場にいることを知らせなくとも、と慌てて半歩下がるが一身に視線をあびた後だった。どうやら一触即発の空気が漂っていたようで、雲雀が溜め息を吐くのが聞こえてきた。


「君こそ何をやってるの。空気くらい読めない?」


 直訳してもしなくても、普通に考えると『やる気が削がれた』だろう。「知りませんよ、そんなこと」と返しつつ、蓮華が何気なく視線をやった先に三人の姿があり、ばっちりと目があってしまった。どうしてここに蓮華が居るのだとでも言いたげな目をしているが、蓮華としては逆に綱吉たちがどうしてここに居るのかを問いたい。わざわざ、応接室まで何の用があるのか。そして何処をどうやったら雲雀がこうも楽しそうに笑うことになるのか。――いや、後者の場合は数さえそろってさえいれば、こちらが身震いするほどの闘志を燃やしている様を簡単に想像することが出来る。

 何にせよ、クラスメイトとの関係がこじれてしまうのは出来るだけ避けたい。だけど蓮華にとって絶対に、よろしくない事態が起きている。どちらを選んでも面倒だ、知らないふりをして通り過ぎることは不可能なことだが。


「鞄を取りに来たんですけど、……どこにありましたっけ?」

「さあ? どうして僕に聞くの」

「ですよねえ、分かってます。明日の宿題がたっぷりあったりなかったりだったので、気になってしまって」


 おせっかいなのは自分の性分には合わないし、鞄だけとったら直ぐに出るつもりだったんだけどなあ、なんて。気付いて出ていけ。そういうつもりで動いているのを、綱吉たちは気づいただろうか。さりげなさを装って、一番に目くじらを立てられそうな獄寺の背中を奥へ押しやった。獄寺が喚く言葉を聞き流し、これでやっと帰ることが出来ると安堵する。
 机の影にひっそりと置いてある目的の鞄を見つけ、そういえば今日は6限目まで別々の科目が入っていて、ずっしりと重かったことを思い出した。持って帰りたくないが、そういう訳にもいくまい。
 視界の端にちらりと煙草の火が見え、蓮華の頬に汗が伝った。

 ――ですよね。そう上手くいかないですよね!

 すっと風が蓮華の近くを通ったのを感じ、黒の気配が動いたと同時、火の消えた煙草が中を舞う。唖然とした獄寺を楽しそうに笑う雲雀。なんで校内で煙草なんて吸っているのか、そもそも獄寺は未成年だとか阿呆なことばかりを蓮華は考えてしまう。どうにか最後の抗いとばかりに綱吉だけでもと、彼を突き飛ばそうと腕を伸ばす。委員長の視線は未だ獄寺に向いており、今のうちに逃げてしまえば後はどうにでもなる。山本、獄寺、綱吉の中で一番ひ弱なのは誰か。当然のように蓮華の中ではその答えは決まっていた。――まずは、ひとり。あとは山本を引っぱって、綱吉とともに逃亡してもらえば、被害は最小限で済む。


「綱吉くん、――ごめんっ」

「ちょ……っ、空柩さ、」

「余計なことはしないでくれる? 咬み殺すよ」

「いたいけで人畜無害な少年を一人取り逃がしたくらいでそんなに睨まないで下さいよ」

「この部屋に無断で入ってきたのはそっちだ。何よりそうやって群れていることが気に入らないし――僕が、誰のことを逃がしたって?」



 蓮華の手が綱吉に届く前に、雲雀の瞳が爛々とした光を灯す。その目が一直線にみているのは、蓮華ではなく綱吉だった。蓮華が待てと制止を掛ける間もなく、雲雀のトンファーにより小さな体躯は吹きとんだ。やばいと思うより先にストッパーがやられたことにより、獄寺が暴れ出す。続いて、山本までも。

 ――どう考えても、君たちに歩が無いのは明らかだろ、逃げろよ!

 とまあ、そんな具合のことを叫んでも無駄なことは分かり切っている。綱吉と急速に距離を縮め、行動を共にしている彼らが蓮華の言うことに耳を貸すとも思えない。加えて、敵に背を向けるような真似をするはずがない。

 ――あーもう! どうして首をつっこんだかな、わたし! 雲雀先輩の琴線に触れることくらい、理解出来るのに。

 当然の如く、獄寺を軽くいなしてしまい、山本も蹴りを入れられた。出来るならこんなに生き生きとした雲雀のことは見たくは無かったが、後の祭りである。


「それで? 弁解の言葉があったら、聞いてあげてもいいけど」

「先輩が――って、いきなりぶん殴ろうとしないでくださいよ! 弁解の暇なんて無いじゃないですか!!」

「大人しくしてたら、聞いてあげるよ」

「わたしの中の警報が、それは嘘だと言っていますけど!?」


 言いながら、蓮華はトンファーを鞄で防いだ。あっぶね、これ当たったら絶対に気絶どころじゃ済まない。
 どくどくと跳ねる心臓を無視して、彼女が横へ転がると素早い追撃が襲う。パラっと数本の髪の毛が散り、床へ落ちる。フルスイングなんて容赦がない。ぐるりと腕を振り、雲雀の足を狙うが容易に避けられる。よりいっそう緊迫した空気が漂うところで、「うっ」といううめき声が聞こえ、二人は同時にそちらを向いた。どうやら、綱吉が目を覚ましたようだ。あれだけの打撃を受けておきながら、歯の欠損やその他の怪我は打撲だけで済んでいそうだ。なんにせよ、ある意味これだけで済んだのが不幸中の幸いなのかもしれない。雲雀の注意が、蓮華から綱吉に向かうのが肌で分かった。安堵したのも束の間、ある意味この中で一番非力な少年に何が出来るのか、これ以上の怪我をさせてはいけないと口を開きかけた時だった。


「死ぬ気でお前を倒す!!」


 何処からか飛んできた何かの衝撃で、グラついた綱吉の体。微かにする硝煙のにおい。ドン、と蓮華は音が鳴る方を反射で見ると、いつしか赤ん坊の姿。彼女がパンツ一丁で凄い形相で雲雀に掴みかかったのが、"彼"だと言うことに気づくまで少しの時間を要した。更にはっとして状況を理解することに努めていると、爆音の後に応接室内に煙が広がった。


 


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