笑う




「あ。なあクロー」

「ん?どうした?」

昼休み。教室の扉辺りからてけてけと寄る鬼柳。くじ引きで残念にも教卓の目の前になった俺の席に来て、鬼柳は辺りを見回す。

「ジャック知らねぇ?探してんだけど」

「ジャック?…確か生徒会うんぬんで連れてかれたな」

「あれ?アイツ役員じゃないよな」

「来期に役員になってくれないか、って話だとよ。…急ぎの用事か?」

えー。とあからさまに落胆する鬼柳。しかしすぐに笑顔になると、俺の隣の席に勝手に座った。まあ今隣の奴は居ないから大丈夫だろうが、少しは遠慮しろよ。
ここだけの話、この笑顔が好きだったりする。見るだけで気分が明るくなるっていうか、いいよな、こういう笑顔は。

「急ぎ…?でもないな、多分」

「なんだそりゃ」

「放課後に捕まえられればいいんだけどな」

「……何の用なんだ?」

「内緒ー。あ、もう行くわーんじゃーなクロウ、あんがとなー」

はぐらかすように、鬼柳は席から立ち、綺麗に椅子を仕舞ってから教室を出て行った。同時に予鈴が鳴り、暫く呆け、それから頭を掻いて次の授業の教科書を出す。本鈴が鳴った辺りで、焦りもしていないジャックが前の扉から教室に入って来た。

(俺に内緒でジャックに用事…?)

なんだろうか。
基本ジャックは頼み事や悩み相談には向かない奴だ。
俺らの仲ってのは頼み事なら遊星、悩み相談なら俺、と相場が決まっている。
ジャックに頼める事っつったら……なんだ?…なんだろう。ああ、勉強を教えて貰う、とかな。それでも、俺とジャックの勉学の差なんて指折り程度だ。
俺がダメ、で、ジャックでなければならない事。なんだろうか。




放課後、皆がぞろぞろと帰って行く中、がんっと勢い良く音を立てて扉を開いた鬼柳が教室に入って来た。
ジャックを見れば、首を傾げている。そうしてそのまま鬼柳がジャックに歩み寄った。
俺はそれを傍観。他の生徒はちらちら伺いつつ帰って行く。

「ジャック。放課後…暇か?」

「…いや、生徒会の話がまだ終わっていないから、話しに行かなくてはならんが…?」

「ええー……マジで?」

がくん、と肩を下ろす鬼柳。なんだろうか、一体。
終わるの遅いのか?と鬼柳は聞き、とても遅くなるだろう内容を説明して、ジャックは「待たせると悪いからな」と職員室へ向かってしまった。
教室に残っているのは、俺と鬼柳。落胆した鬼柳がぐるりと振り返り、俺と目が合う。

「……クロウ」

「…大丈夫か?」

「……クロウでいいからさ、一緒に帰ってくれないか?」

なんかむかつく言い方だな。思わず眉間にシワを寄せると、鬼柳は「あ」とばかりに慌てて俺に近付いた。

「違うんだ、そういう意味じゃあなくって…」

「じゃあどういう意味だよ」

う、と下唇を噛み、鬼柳は黙り込む。いつもの笑顔とは真逆で、なんだか沈んでいる様子が酷く辛そうに見えた。
やっぱり、悩み事なのか?だけどジャックに言うような悩み事じゃあそんな酷い事でもないような……いや、ジャックが酷い訳じゃないんだぞ?ジャックは物事をずばり言うから、悩みのある奴にあれは辛いんだ。それだけ。

「わ、笑うなよ…?」

「…ん?ああ、わかった」

笑われる内容なのか?小首を傾げて、すとんと自分の席に座る。鬼柳は近場の机に座り、俯いた。

「電…車でな?……家近くの乗換駅から、その……ち、ち……ち」

「ち?」

指先をもじもじ動かし、鬼柳は言いづらそうに言い澱む。
恥ずかしそう、というよりは本当に辛そうだ。大丈夫なのか、「鬼柳」と名前を呼ぶと、鬼柳は観念したように口を開く。

「ちっ、……痴漢されるんだ…!」

「……痴漢…?」

「だから、無意味に図体がデカいジャックに横に立ってて貰おうって思って…そしたら痴漢も寄らないんじゃないかなーってよ…で、お世辞にもクロウ…図体はデカくないし…クロウだと逆に迷惑掛けちまうだろうなって…」

思って、と小さい声で言い終え、鬼柳はこれでもかと言うくらいに俯く。

痴漢?というと、あの痴漢か。痴漢と言ったらオヤジが女の子を、じゃないのか?
正直言って、鬼柳って肌白くて細身で足長くて髪さらさらで目が綺麗な切れ長なだけで、別に胸も尻もないぞ?
……ん?胸と尻以外はもしかして合格?

「いやまあ、“こいつ痴漢だ”って言うくらいなら俺、出来るぞ?」

「……クロウ、いいのか?」

「ああ。つか、あれだろ?早く帰る用事とかあるんだろ?」

ジャック待ってまで一緒に帰らなかった訳だし。言えば、鬼柳は「ありがとうな!」とあの大好きな笑顔で俺に抱き着いた。
…うん、まあ、胸も尻もないけど普通の女子より可愛いとは思うよ。



***



痴漢話。京介は痴漢されりゃ、多分普通の女性となんら変わらない心境でテンパると思うの。
だから無抵抗。そしてジャックは用心棒扱い。







小説置場へ
サイトトップへ


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -