苦手
超短書のSSをサルベージ
仕事場からの帰り道、駅からそこを通ると帰路が大分短縮出来る道があり、そこにはゴミ捨て場でもないのに粗大ゴミやらがよく捨てられている道の一角があった。その道端で汚い毛布に包まっていた歳の頃16程の青年は、まるで何かの病原菌に体を蝕まれたかのように震えていたので私はなんの気まぐれか、その弱々しい青年に手を差し延べていた。
青年は病的に青白い肌に切れ長な黄色の双眼を持っており、だらし無く肩の位置より長いところまで伸びた薄灰の髪は、土が付いて痛んでいた。
私が手を差し延べると、青年は生気の無い仕種で生気の無い瞳を持ち上げ、私を見た。立ち上がる気配はなく、それから私を変なものを見たかのような表情で眺める。あまり不躾なそれに苦笑し、一言だけ言った。
「ここで死なれると近所迷惑だ」
青年はその言葉を聞き、がちがちと震わせていた体の震えを止め、何が楽しいのかわからないが口角を上げた。そして私が踵を返すと青年はよたりと立ち上がり着いてくる。それを確認し、私は再び帰路に着いた。
青年は三歩距離を開けて着いて来ていて、始終無言である。
あまり広くない自分のアパートに着き、中へ入れると青年はまずキョロキョロと辺りを見回していた。汚い毛布は捨てると言うと、青年はかくんと頷いて私に羽織っていた毛布を渡す。毛布の下は情け程度にシャツと汚らしいジーパンしか身に付けていなかった。
風呂場へ案内し、シャワーの使い方とシャンプーと石鹸の場所を教える。青年はやはり始終無言で、かくんかくんと病的に細く白い首を揺らして了解を表していた。タオルはすぐ出た所にある棚に置いておくと伝え、風呂場から出る。青年はそこで漸く「はい」と小さく答えた。
風呂を貸し体を洗わせ身なりを整えさせたら飯を与えて外へ出すつもりである。今日は何故こうも機嫌が良いかと言うと、仲の良い友人である上司の子供が今日無事生まれたという知らせを聞いたからだ。普段ならば絶対にこんな事はしない。
何か与える為の飯があっただろうかと思案しつつ、先程受け取ってとりあえず床にぞんざいに置いておいた薄汚い毛布を持ち上げる。するとその毛布の内面は少量の時間がたって茶色く変色した血と、時間がたって乾いて固くなった白濁に塗れになっていた。
そこで私はああと理解して眉根を潜める。この辺りはあまり治安が良くなく不良も跋扈している、つまりそういう事なのだろう。だがまさか、好き放題してあんな場所に放置したというのか。最近の若者は恐ろしいな。
そのままその毛布は新しく出したゴミ袋に詰め込む。それから自分の部屋へ向かい、棚から適当に服を取り出した。当たり前だがどれもサイズは青年に合わず、少し悩んだ挙げ句適当な物を取り出す。そして風呂場へ向かい、サッシ越しに聞こえるシャワーの音に消されぬよう大きめな声で言った。
「服は私のを貸す。体格差はあるが羽織るだけならば大丈夫だろう。置いておくから着るといい」
「……ん。わかった」
青年は先程とは打って変わり、存外明るめな声で返事をした。もう立ち直っているのか、やはり若者とはよくわからない。小首を傾げつつ私はタオルの置いてある棚の上へ着替えを置き、そのまま踵を返してリビングへ向かった。
青年は風呂から出てリビングに入るとまず私を見付けて安心したような、不安そうな表情を見せた。貸したシャツとデカイジーパンをを所々可哀相に引きずりながら私に小さく頭を下げる。首元にバスタオルを掛け、まだ湿ったままの髪は頭を下げると束になって垂れた。それから青年にソファに座るよう言うと、青年は静かにすとんと座る。
「言っとくけど………売春なんかじゃないからな俺、被害者だから。……だからそんな怖い顔しないでくれよ…ごめんなさい、ごめんなさい殴らないで」
いきなり口を開き、青年はまくし立てるようにそう、偉そうなんだか遜るのだか、分からない調子で言った。まだ何も言っていないと訝しむも、青年は直ぐさまがたがたと体を震わせて自分の膝と膝の上に置いた両手を見下ろす。
それを一瞥し、私は暫し思案した後に何を血迷ったのかキッチンへホットミルクを入れに行くかと立ち上がった。ホットミルクを飲むと心が温かくなる、という情報をつい最近見るともなしに見ていた番組で入手した記憶がある。
……捨てられた子猫を哀れんだ事すらない私が、何故こんな事をしているのだろうか。内心嘲笑すると、同時に青年が何処へ向かうのかとか細く尋ねた。
その声は弱々しく、顔色を伺うものだったので私は少しばかり訝しんで振り返る。この青年はあまりに情緒や感情や性格が不安定に思えた。なるだけ青年をむやみに刺激しないだろう落ち着いた声色を意識し、私は「少し待っていろ」と青年に言う。青年はこくりと頷いた。
ホットミルクの入ったただ白いだけのマグカップに口を付け、青年は押し黙る。少し間を空けて一口飲み、それからもう一口。ちらちらと私の方を伺ってくるので、私はその都度「どうした」と尋ねた。しかし青年はその度緩く首を振るだけなので、痺れを切らして私は自ら質問をする事に決める。
「何処に住んでいるんだ?」
「……近所」
マグカップに口を付けたまま、青年は私をちらと見てから存外素直に答えた。視線は床に落ちている。
「……すぐ近くの一戸建て」
「そうか。年は?」
「…16」
「高校生か」
「うん」
またホットミルクを一口飲み、青年は私を見た。笑っている訳でも悲しんでいる訳でもない、よく分からない表情をしていて、私はつい首を傾げる。青年は生意気な若者のように見える瞬間があれば、か弱い病気持ちに見せる瞬間もあった。実に不可思議な雰囲気を持っている。
「名前は」
「…京介。鬼柳、京介」
「……京介か」
「うん。…アンタは?」
「ルドガーだ」
ルドガー、と京介は私の名前を復唱してみせた。三回程呟いた後、再びホットミルクを飲み始める。もう中身も残り少ないだろうと考え、壁に掛かった時計を見遣った。8を指している短い針を見て、思っていたより話の出来る奴だとわかったので予定を変える事にする。
「家は帰って安心する場所か?」
「……なんで?」
睨むように目線だけ上げ、京介は訝しむような声色で言った。
理由はと言うと私はこの青年が家に帰れないような、何か複雑な環境であるのならば飯を与えてから帰そうと思ったからだ。会話が成り立たないような相手であったのなら、事情を聞かずに一方的に飯を与えようとは思っていたが、そうでないのなら事情を聞いて行動を推し量るのも良いだろう。
「別に説教をするつもりはない」
「…じゃあなんだよ」
「場合によっては今すぐ家に帰す」
「……は」
マグカップに口を付けていた体制をやめ、京介は口をあんぐりと開けて私を見た。想像以上の過敏な反応に吃驚する。
どうした、と聞いたと同時か、京介はマグカップをソファに合わせて低めになっている高さのテーブルに置き、立ち上がった。どうしたものかと眺めると、そのまま京介は私に向き直り、溜息を吐き下す。
「アンタ何がしたいんだよ」
「……私にもよくわからん」
「はぁあ?」
がくりと肩を落とす仕種は、先程までの仕種とは一転、生意気な若者のそれだ。そうして京介はぶつぶつと何かを呟き、再び溜息を吐いて見せる。
まあ理由付けるのなら、哀れみ、が一番しっくり来るのだろう。この情緒不安定な若者に言ったらキれそうだが。
「………なあ」
「なんだ」
押し殺したような、よく種類の分からない声色で呼ばれ、顔を上げる。京介は少しだけ口角を上げ、私に歩み寄っていた。意図が読めずに眺めていると、足の先がぶつかりそうな程まで近寄られる。
ちらと床に視線をやり、爪先がぶつかったところで京介を見上げると同時に、抱き着かれた。
状況を読めずに向こう側の壁を眺め、何回か瞬く。すると更に強く抱き着かれた。なんだこれは。
「……俺、アンタに感謝してるからさ」
だから、と続け、京介は俺の首元に鼻先を埋めた。甘える子供のように擦り付かれ、それから立たせた膝先で足の付け根を押し上げられた所で、意図を理解する。ああそういう事か、と呆れた。
「…アンタの好きにしていいからってうわぁあああ!!!!?」
「……マセガキが」
「何すんだよ!!!!」
細い指先で胸元を撫でられたところで我慢しきれなくなったので、首根っこを掴んで床へ放って遣った。ぎゃあぎゃあ騒ぐのを見もせず、後ろポケットに入った煙草を取り出す。
「俺を拾ったってそう言う事じゃねェのかよ!!!」
「………」
「風呂にも入れてくれてさ、無条件で優しくしてくれるなんてセックス目当て以外で理由なんかねェエだろ!?普通!!!」
「近所迷惑だ。騒ぐな」
「はぁあああぁあ?………んだよ……アンタぐらいのオッサンに買って貰うのだってしょっちゅうだしさぁあ…」
存外素直に声量を下げるのだな。ぼんやりと考え、取り出した煙草をくわえたままライターを探す。けれど中々見当たらないので、とりあえず諦めてくわえたままにする事にした。
「いつもの事なのか?」
「……まーなー…」
ごろりと床に寝そべり、京介は天井を見上げる。まだぶつくさと何かを呟いていた。大分乾いたらしい髪を自分で触り、それから肩に掛けていたバスタオルをずるりと引きずり出し、顔に乗せて唸る。それを眺め、ジタバタと足を忙しく動かす仕種に私は首を傾げた。落ち着きがない、何がしたいのかよくわからない。
「アンタほんと、なに?意味わっかんねーし」
バスタオル越しでぐぐもった声色を聞き、表情を伺おうにも見えない顔に考えを推し量ろうとした事は諦めた。
「……俺が誘えばぁ…あいつらもとーさんも喜ぶぜ?なぁアンタ不能なの?」
「……父親ともするのか?」
不能だとかなんだか激しく失礼な言葉が聞こえた、が、そこは無視するとしよう。無気力にごろりと寝返りを打つ細い体の青年を見下ろし、返事を待った。京介はくつくつと楽しそうにバスタオルの下で肩を震わせて笑っている。
「母さんの恋人だから、義理なんだけどな。……なあこの場合ってきんしんそーかん?よくわっかんねーや」
「父親が好きなのか」
「大ッッッッ嫌い」
目一杯の毒気を交えて吐き捨てるように言い、京介は直ぐさままたくつくつと笑った。かと思えば、数秒笑った後に静かになる。そうして暫くして鼻を啜る声まで聞こえ、本当に情緒不安定だなと丸きり他人事のような気分で見下ろした。
「……飯を用意するから待っていろ」
「………ん」
再び暫く間を空けた後にそう伝え、キッチンへ向かう。ついでに空になっていた白いマグカップを持って行った。
飯を食わせたら外に出すつもりだ。この青年の家庭事情や精神が少しばかり垣間見えてもしまったが、所詮拾った子猫と同じ感覚だ。ただ飼うか飼わないかではなく、飼えないし飼わないという全く違う点があるが。
ただ一つ忘れたのが、餌付けと躾をした私にその子猫が懐くかもという事だった。この青年を帰した翌日、さも当たり前のように訪問されるのは予想出来そうだが私はすっかり油断していた。
***
優しい羽柴様に続きが見たいと言っていただけたので、調子乗って書きまし…た…!サルベージなんで最初の方がSSに盛っただけの代物です…!あとSS設定だったので設定が無茶苦茶…!orz
しかし続き書きたいな…!またいつか書きます!
羽柴様、ありがとうございました!!
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