薄紅



ジャック→吸血鬼
京介→吸血鬼愛者
クロウ→吸血鬼狩人


俺が物心付いた時、世は吸血鬼狩りで大いに賑わっていた。
俺の住む館から見える外の光景は、街の広場や空き地等で行われる刑罰の様子。煙りが上がり、吸血鬼である者もそうでない濡れ衣の者も、悲鳴を上げて残酷な裁きに死して行った。
吸血鬼は弱い女性を襲い、血を吸う。死んでしまう事はないが、質の悪い感染病なんかと変わらぬそれを民衆は無くす事を望んだのだ。
だが吸血鬼は人に紛れる。俺の家系は正にそれだ。父は立派な吸血鬼であると同時に、街で有名な資産家だった。その為俺の家の人物に容疑が掛かる事はない。そう母に教えられ、俺も信じ込んでいた。

だが俺の19の誕生日の翌日。館の立派な扉を壊され、街の民衆が雪崩込んで来たのだ。血気盛んに銀で出来た剣と、白木の杭、銀の弾を込めた銃を持って。
目の前で母を殺された。本来不老不死である吸血鬼は銀に弱いが、即死する訳ではない。次第に体の自由が利かなくなる母を見て、逃げるよう弱々しく促す母を見捨て、俺はただ館から逃げた。
何故吸血鬼だとバレたのかはわからない。だが、俺は父や母が民衆を襲った事のない事を知っている。父や母はこの街の民衆が大好きで、二人はか弱い女性を襲って血を嗜好する等嫌ったのだ。輸血と証して取り寄せた血液を、たまに摂取する。なのに何故なにもしていない俺達が吸血鬼であるというだけで殺されなくてはならないのだ。
必死に逃げ込んだ場所は、森の中にある別荘地。自分の家の別荘地の隅には、小さい地下室が設けられていた。
吸血鬼は所謂、冬眠、に近い事が出来る。冬眠と言ってしまっては酷く間抜けなのだが、柩の中で数年…いや数十年単位で眠りに付く事が出来るのだ。勿論、歳は取らない。今の世で吸血鬼は生きれないから、俺は眠る。自然に目が覚めるその日まで、俺は眠る。この地下室は吸血鬼の人外である血液でなければ認証出来ずに入れない。過去の吸血鬼達の知恵だ。もし誰か生き残りの吸血鬼が起こしてくれるのなら、それでいい。俺は寝る。瞼を閉じた。



目が覚めた。どれくらい寝たのだろうか。なんだか実感がない。この睡眠をしたのは初めてで、よくわからない。ああ、そういえばこの睡眠をした後にはしなくてはならない事があったか。吸血鬼は完璧なる不老不死ではない。人の生き血を吸う事で、身体が特殊になるのだ。元々特殊な作りではあるのだが、人間の血を吸う事で完璧になる。らしい。俺は今まで血を吸った事がないので、よくわからなかった。父と母は俺に自分達同様に人として生きて欲しかったらしい。しかし喉元が疼くこれは、完全に吸血鬼としてのそれなのではないだろうか。


外は夜だった。当時の見慣れた街並みは無く、本当に大分寝ていてしまったらしい。
静かな街を歩く。今は真夜中なのか人は全くいない。人間、いや出来れば女性。早く女性の生き血が吸いたい。吸った事はないのだが、吸血鬼としての本能だろうか、女性の細い首筋に噛み付きたくて仕方がない。喉元に触れ、ゆるりと頭を振る。もっと時間が経てば人は増えるのだろうが、そうすれば女性を襲い難い。父や母は、人間に馴染む前にどうやって女性の生き血を頂いたのだろうか。話してくれた内容を思い出し、ああと頷く。
女性は丁重に誘うのだ。紳士のするそれで、いっそ情事に縺れ込む勢いでいいと、父と母はそう言っていた。紳士が情事とは矛盾ではないだろうか、と思った記憶がある。

ふと、足音が聞こえた。静かな街中で響くそれに、ぐるりと視界を巡らせて姿を探す。
建物の影に、カゴを片手に持った細身の人影が見えた。背中に流れる綺麗な薄白銀の髪を靡かせ、帰路なのか足早に歩いている。顔は伺えなかったが、可憐な女性なのではないだろうか。
あのまま歩けば、あちらの建物の横に出るだろうと予測して、走って先回りをする。紳士が女性を後ろから追い掛ける訳にはいかないだろう。

先回りして建物の影に立つ。右側から先程の女性の足音が聞こえ、偶然を装って建物の影から出た。横から来ていた足音な女性は俺の胸元に額をぶつけ、勢いが良かったのか「あ」と声を上げてしゃがみ込んでしまう。

「ああすみません、大丈夫ですか?レ…ディ?」

爽やかな笑顔で女性に手を差し延べる。女性はこちらこそ、と言って右手を差し出したのだが、その声と顔に俺は大きく首を傾げた。
綺麗な声は、綺麗ではあるがどこか低い。
整った顔立ちは美しいが、どう見ても…

「…男?」

よいしょと声を上げ、俺の掌に掴まった女性…いや男は立ち上がる。腰の辺りについた砂を払い、にこりと笑った。

「ぶつかって悪かったなー。急いでたから」

「…あ、ああ」

男、だ。口調も仕種も。確かに中性的で綺麗な外見だが、どこをどう見て俺はこの男を女性に見てしまったのだろうか。
漸く女性の血を飲めると思った俺は、はあ、と溜息を吐いた。
もう一度「すまなかったな」と謝罪してさっさと立ち去ろうとしたのだが、じろりと顔を見られて思わず「なんだ」と返す。

「その瞳の色…」

「…?」

「それに月光を浴びて透ける金髪、極めつけには尖った牙…?」

そこまで言って、男は嬉しそうに笑う。何事だと見ると、男は俺の首元に抱き着いた。いきなりの事に呼吸も忘れ、そのままずるりと地面に座り込む。腰を強打してしまった。

「あんた、吸血鬼だろ!?文献にあった通りだ!!本当に会えるなんて…!!」

「は、あ…?」

やったー、と始終騒ぎ立てるその男。頬を擦り寄せてはしゃぎ、俺に強く抱き着く。

吸血鬼だとバレた?
そんなまさか、こんな馬鹿そうな奴にバレただと?そんな筈はない。

「貴様、何を言っている。俺は吸血鬼等ではない」

「嘘だ。俺の目はごまかせない」

そう言い、男は嬉しそうに俺の目を覗き込む。目に何か仕掛があるとでも言うのか、ああ先程髪もどうだとか言っていたな…当時そんな事が種明かしだとは聞いた事はない。俺が寝ている間に、世は更に吸血鬼に厳しくなったとでも言うのか。

「なあ一生のお願いだ、俺の血を吸ってくれ!」

「……はあ?」

「頼む!ほらこういう時の為に首元の開いてる服着てるんだよ!」

そう言って、男はがばりと首回りの服を下げて俺に言う。こいつは、あれか…変態なのか。

「…男の血は不味い」

「お願いだよ俺はアンタに、吸血鬼に会う為だけに生きてるんだよ!」

なんだコイツ気持ち悪い。
久しぶりに起きて出会った最初の人物がこんな奴だとは。
眉根を寄せ、さっさと逃げようと体を起こすと、強い力で後頭部を引かれた。がくんと首が据わり、脳が揺さ振られ気持ち悪くなる。そのまま男の首筋に顔を押し付けられた。

「吸ってくれよ…!頼むからぁ…!」

「やめろっ変態、俺は男の血は吸わん…!!」

あまりに強引なそれに、肩を押し返して抵抗をする。
本来吸血鬼は、人を超越した力を持っているのだ。空を飛翔し、痛みを感じない。それに人並み外れた腕力。しかしそれは、日常茶飯事に血を吸っている吸血鬼の話。俺は目覚めたてで、しかも人から血を吸った経験はない。肌の色素は薄いが健康体であるこの男の腕力に、俺は負けているようだ。情けないにも程がある。

「いい加減にっ…」

しろ、と続けて言おうとして酷い違和感を感じた。血の気の引く感覚。ぞわりと感じる寒気。それから、吐き気と同時に血流のざわめく、経験した事のない気持ちの悪い感触。
だらりと口端から血が垂れるのを何処か他人の事のように感じながら、俺は男の小さな悲鳴を聞いてずるりと地面に体を倒す。
倒すと同時に、からんと金属の音がした。見上げた先には綺麗な夜空に先程の男。それからオレンジの髪をした青年が見える。その青年は黒いケープを被っており、その姿は見覚えのある物だ。

「……ク、クロウ…?」

「大丈夫か鬼柳…!まさかこんな街中で吸血鬼が出るなんて…」

クロウ、と呼ばれた青年は俺の方へ手を伸ばし、背中から腹部へと刺さっていた銀色の剣を抜き取った。
ああ、思い出した。青年の格好はあの時の民衆に似ている。街の広場で吸血鬼と呼ばれた人達を殺す民衆。俺の母を殺した民衆。
確か、吸血鬼狩人、という吸血鬼を狩る事を生業とした奴らだ。まだ居たのか、この世に。
腹に銀で出来た剣を刺されたようで、とめどなく溢れる血は地面を濡らす。痛みはないが、ただ血の気ばかりが引いて行った。
すぐに鬼柳と呼ばれた男の声が聞こえる。泣いているような、怒っているような。…両方か?

「なんて事するんだよクロウ!!……大丈夫か?死ぬなよ?」

「はあ?鬼柳、俺はその吸血鬼に襲われてたお前を助けて…」

「俺はこの吸血鬼に何もされてねェよ!!ああ痛いか?可哀相に…」

さらりと髪を撫でられ、見上げると目一杯に涙を溜めている鬼柳、という男が居た。心底心配しているらしく、ぼとりぼとりと俺の頬に涙を流しながら傷口と俺を見遣っている。

「っ…そいつは吸血鬼だ、何もしてなかろうが消えるべきなんだよ!」

「はあ!?勝手な事言うなよ!吸血鬼に家族殺された訳でもねェクセによ!!」

ぐるりとクロウという青年を振り返り、鬼柳は煩いくらいに声を張り上げて言う。煩い、煩い、と考えながら次第に薄れる意識の中でどうでもよくなって来た。俺は死ぬのだろうか。

「吸血鬼だって生きてる!感情だってある!」

「だが人間に害を及ぼす、それは昔からそうだ」

「そんなのは人間だってそうだろ?動物殺して食ってて、何が害だよ…!綺麗事ばっか言いやがって…!」

「…っ俺はお前が心配で、」

「嘘吐くなよ、楽しんでんだろ?吸血鬼を殺してさ…!」

そう鬼柳が言うと、クロウは何も言わなくなった。
それから一拍置き、鬼柳は俺の体を抱き寄せる。また首筋に俺の顔を押し付けられ、薄くなって来た意識の中でその首筋にもたれ掛かった。

「…なあ、俺の血吸ってくれよ」

「…血、」

「吸血鬼は血を吸えば身体能力が上がる。だから、吸えば生き延びられるからさ…なあ、吸えよ…」

全部吸ってもいいから、と鬼柳は呟く。泣いているのだろか、嗚咽が聞こえた。言われて無意識に、すん、と首筋の香りを嗅ぐ。血流の匂いだ。ぞわりと脳の奥で欲望が疼き、力の入らない顎を開いて、白く細い首筋にゆるりと牙を立てる。ぐぷりと皮膚を突き刺す感覚は初めてて感覚だが、酷く本能を擽った。そのまま勢いよく牙を押し込むと、ひ、と痛そうな悲鳴が聞こえる。
溢れ出る血液を口内に収めればその度に鬼柳は俺の後頭部を掴んで堪えた。

そうしてひとしきり、体の不調が消えるまで続ける。傷口の違和感が無くなったので牙を抜くと、今度は鬼柳が俺の首元に倒れた。がくんと力が抜けたそれに少しだけ慌てて様子を見ると、息が荒い。

「……血が足りないだろう。病院に連れて行ってやってくれ」

そうとだけクロウに言えば、クロウは俺を見上げて納得がいかないように頷く。体にもたれ掛かる鬼柳を地面に置き、踵を返した。

全くとんだ災難に巻き込まれた。変態に捕まるわ死にかけるわ。まあ先程のあれでチャラとしてやろう。そう考え、口回りに付いた血液て手で拭った。

“吸血鬼だって生きてる”

そんな事を言っていたな。先程。それだけではない、鬼柳というあの男は吸血鬼を悪いと思う事を嫌っていた。あんな人間もいるのだな。母の死に様を思い出し、じわりと胸が痛む。かなり変態だったが、ああいう人間ばかりであったら吸血鬼はもっと生き易いのだろうな。

まあとりあえず、これからどうするか。



***


またいつか続き書くかも…







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