異様



クロウと鬼柳が幼馴染みの話。
クロウ15歳
鬼柳19歳


昔あんなに元気だった鬼柳は、今はとても大人しい。というか暗い。鬼柳と俺は所謂幼馴染み。小さい頃から家が近所で、よく遊んでいた。
初めて知り合ったのは俺が6歳で鬼柳が10歳の時の事。公園で遊んでいた俺に、鬼柳は兄貴風吹かせて「一緒に遊んでやるよ」と声を掛けたのだ。それが馴れ初め。それからは会えば適当に話したり遊んだりして、そのままずるずると仲良く過ごした。

はしゃぎ回る鬼柳。よく見た光景だった。
しかし最近の鬼柳は元気がない。あまり外では見掛けない。
親同士仲が良い為、鬼柳の様子を母に聞く事もあるが、やはり元気はないと聞く。俺が鬼柳の家を訪ねる、という方法もあるがあまり訪ねた事もないのでどうにもしぶってしまっていた。
鬼柳と俺は友人、ではない。幼馴染みだ。だから俺は鬼柳の成績とかは知らない。好みとかは見てれば大体わかるけれど。


そう俺が日頃考えていた中で、鬼柳は突然な来訪をした。インターホンに応えて開いた扉の前には、以前より髪の伸びた鬼柳が居る。ぽそりと、こんばんは、と言う鬼柳の声は震えていた。

「久しぶりだな」

「…ああ」

「俺になんか用なのか?」

「………ああ」

俯き、鬼柳は小さく言う。やはり声は震えているので玄関だけだが中に招いた。だが用事で親は今居ないし、説明なんかの面倒臭い事もしなくて大丈夫だからリビングまで上がって貰う。鬼柳は始終俯いていた。

「……俺、遠くに行かなきゃならないらしい」

「遠く?」

「ああ、遠く…」

「…留学とかなのか?」

椅子にすとんと座り、鬼柳は黙ってしまった。唇を噛み締めて俯いている。首を傾げ、俺も椅子に座った。

「いつだ?」

「…わからない」

「…?」

留学ってそういうもんなのか?俺普通の中学生だからわかんね。

鬼柳はそろりと目線をあげる。俺と目が合うと、辛そうにくしゃりと崩れた表情で笑った。鬼柳の目尻からぼろりと涙が溢れる。吃驚して目を見開いた俺を、鬼柳は笑った。

「……クロウは俺がいなくなったら…悲しいか?」

「……え、そりゃあ…当たり前…だろ」

「……そっか…」

鬼柳は涙を溢れさせながら、綺麗な笑顔を俺に見せた。それがあまりに綺麗だから、俺は綺麗が泣いている理由なんて気にもせずにとりあえずはほっとする。それから、鬼柳は目尻を拭って机に寄り掛かりながら立ち上がった。
手招きをされ、首を傾げつつ俺も立ち上がる。

「…クロウ」

「…どした?」

「……ごめんな」

「は?」

数度、謝罪をぽつりと呟かれた。首を傾げて唖然とすると、鬼柳は俺の両肩に両手を置き、身を屈めて俺の唇に同様のものを重ねる。……キスされた。
すぐに唇は離れ、鬼柳は俺の頭を撫でて笑う。吃驚して固まっている俺を見て笑顔を苦笑いにすると、鬼柳はそのまま玄関に向かっていった。すぐ後ろにある椅子に脱力してすとんと座る。玄関の方から静かに扉を開けて閉める音が聞こえた。




その日から頻繁に唇に触れるようになってしまう。感触が抜けないのだ。
何故あんな事をしたのか。聞きたいが、張本人はあの日の翌日に外国へ行ってしまったらしい。あまりに早過ぎる気がする。
だから俺は日々もやもやと戦っている。いつ帰ってくるのだろうか。また意味もなく唇に触れ、嫌な思考を振り払った。あの日から頭には鬼柳の事ばかりで、ムカつく。ずっと鬼柳に支配されていた。腹が立つ。








鬼柳が死んだと聞いたのは俺が17歳の時だった。葬式は日本でするから、仲の良かった俺には是非来てもらいたいと。
意味がわからなくて、俺は電話で聞いたその言葉を何回も何回の頭で繰り返し呟いた。

鬼柳が死んだ。鬼柳が死んだ、鬼柳が死んだ鬼柳が。死ぬ?あいつが?意味がわからない。冗談にしてはキツ過ぎる。

母が喪服の確認をする姿から目を反らした。明日が葬式の日だと知らされる日なるまで俺は信じられなかった。

鬼柳は細胞に幾つも悪性の腫瘍を患っていたらしい。幼い頃には発癌する事なく兆しもなかったと言う。しかし成長する毎に数や規模は増えて大きくなる。それは先天性の不治の病だったのだそうだ。ただ大規模な手術を外国で受ければ、助かる可能性があったらしい。とても少ない確率で、だが。


遺影に写っていた鬼柳は儚く笑っている。最近撮った写真なのだろうか。ぼんやりと考えて、綺麗な花達に囲まれている鬼柳の遺影をお経を聞きながら眺めた。
前方では親族が涙を堪えて肩を震わせている。俺の座っている場所は近所付き合いの方々が主で、全員一様に少しばかり葬式に疲れて来ているように見えた。着慣れた筈の制服が、喪服としては妙に馴染まない。

どうやら鬼柳は本当に死んでしまったらしい。ぼんやりとしたまま、唇に触れる。感触はまだ残っていた。

鬼柳が外国に行ったと聞いてから、俺は何度鬼柳を思っただろうか。
鬼柳を思う度にこう思った。帰って来たら言えばいい、帰って来たら聞けばいい、帰って来たら。帰って来ないのに。来れる訳がなかったのに。

なあ鬼柳、なんで俺にキスしたんだ。なんで外国に行く前に会ったのが俺だったんだ。
お前は俺が好きだったのか。なあ。だとしたら。


だとしたら




(……馬鹿じゃねーの)



ごめんなクロウ。ごめん、ごめんな。そうキスする直前に言った鬼柳。ごめんなって、謝るのな。謝るなよ。俺に触りたかったんだとしたら、最後の望みだったんだろ。いやこれかなり自惚れてるか。
…でも俺が好きでキスしたなら。俺は酷く辛い。

キスされて、あの時初めて鬼柳が好きなんだって気付いたから。あの日からずっと。ずっと考えていたのに。
お前が好きだって、言うつもりだった。帰って来たら。



「……京介」

ぽつりと音になるかならないかくらいの声量で呟き、掌を握り締めた。




***




切ないクロ京が書きたかったんです。んー…難しいな…orz







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