サティスファクションタウンという名前にしようと提案したのはウェストという先生を慕っているガキだった。町の奴らは一人も反対なんかせず、寧ろ救世主鬼柳を始めとする、チーム・サティスファクションに救われたこの町をそう掲げないでなんと掲げると意見が揃い、賛成となった。この事はまだ先生には言っていない。明日、サプライズで看板の設計図を彼に見せるのだと決めていた。




こんこんと部屋の扉を叩くと、先生は暫く間を開けてから扉を開き、ひょっこりと顔を覗かせる。俺を見ると、少しばかり待ってから「ああ」と口を開いた。

「…差し入れか?」

「はい。酒を少しだけですが」

「入っていいぜ」

「どーもー」

毎晩、町の再建の指導者としての仕事を終えた彼の部屋へ差し入れを運ぶのが日課だった。これはまだこの町がクラッシュタウンであり、彼が死神と呼ばれていた頃と同じ仕事である。あの頃と今では全く状況が違うが。

先生は俺を部屋へ招くと、くるりと踵を返してベッドに座った。体重を受け止めたベッドがぎしりと音を立てる。

ふと先生をよく見ると煙草を銜えていた。火はついていないが、だが酒すらあまり飲まない彼にその姿は少しばかり不釣り合いに見える。しかし青白い不健康そうな肌からすると、煙草や酒に依存するというのもなかなか釣り合いが取れても見えた。

片手に持っていた良い銘柄の酒をテーブルに置き、どかりとぞんざいに椅子に座る。先生は銜えた煙草を歯の先でギリギリと噛み合わせて揺らし、ベッドのスプリングを掌で押した。ぎしりと無意味に鳴るベッドに反動を付け、それから半ば跳ね飛ぶように床へ足を着け、立ち上がる。

「グラスは…」

「やりましょうか?」

「んー…いいや、俺がやる」

「そうですか。どうも」

お言葉に甘えると、彼は煙草を銜えたままふんふんと鼻歌混じりに棚へと歩み寄った。よいしょと大袈裟な、しかし小さい掛け声を上げて棚を開き、それからどれにしようかと種類ばかりが多い安いグラスを指差し確認で選んでいる。それを後ろから見て、俺は笑った。

「別にどれでも大丈夫ですよ」

「あー…でもこれは昨日使っただろ?」

「……そうでしたっけか」

「お前は酔うからな、忘れてんだよ」

「ですかね」

「そうだよ」

くつくつと愉快そうに笑い、先生はこれだなと奥から引っ張り出した実にシンプルなグラス二つをテーブルに置いた。見上げればへへんと偉そうに笑う表情があったので俺は、はは、と笑ってからグラスの内面に指を入れて引く。
そして取り出した指先に沢山付いた埃を彼に掲げて見せると、「うげー」と、大勢の人間から死神と恐れられていた人間とは思えない、子供のような声が返った。それが妙に可笑しくて俺はつい噴き出して笑う。
なに笑ってんだよ、と不機嫌そうに言う先生に、いえ、とだけ返してグラスを洗って使う事を提案するとすんなり賛成された。それからそれを俺にやるよう言われる。まあね、やりますけどね。





「なあ、ライター持ってるか?」

「……ライター?はあ、まあ」

オイル式のやつで20の時に記念で買った、表面には信仰してもいない十字架と髑髏が描かれたライター。が、今も懐に入っている。まだ煙草を銜えたままの先生は手を差し出し、無言で俺にライターを出すよう要求して見せた。仕方なく、はいはいと呆れを隠さずに言って差し出すと先生は「あんがと」とお決まりな飾りもない礼を言って笑って見せる。

彼がライターをひっくり返したりして外見に興味を持っている間、飲み終わって空いた二人のグラスに酒を注いだ。かちんと小気味よい音をたててライターを開け、またかちんと音をたてて閉める。それを数度繰り返して、彼は俺にライターを返した。

「……は?」

「…なんだよ」

「火、つけない…んすか?」

てっきり火がないから煙草を銜えてて、そして火がないからライターを要求したのだとばかり。何がしたかったんだ、と分からなくなって首を傾げる。少しだけ考えて、思い至ったのは一つだった。

「ああ、禁煙とかですかね」

「お、すげ。流石ラモン、正解」

にかりと楽しそうに笑って見せて、先生はテーブルに両肘を着いてグラスを手に取った。大分噛み跡の付いた部分には触れないようにと左手で煙草を摘み、彼を酒を煽ってテーブルに置く。

「昔は吸ってたんだけど、チームメイトに止められてよ」

「…あー」

「で、だ。まあ俺煙草止めなかったんだわ」

「ですよね」

「でも死んだら煙草吸えない体になっちまっててさ」

「死んだ?」

「あー、ごめん、嘘。……ほら、セキュリティから出たらやっぱ体は煙草絶ちしてたから受け付けなかったんだよ」

「なるほど」

よくわからない言葉がちょいちょい入るのはいつもの事だ。ダークシグナー、とやらの単語が入る時も大体よくわからない状況の説明が展開されそうになるが、先生が途中で止める。どうやら複雑な事情があるのだろう、先生がいつ俺に話してくれるのかは確証もないし確率もわからないが。

「で、今日久しぶりに吸おうと思ったんだ」

「吸えない体なんじゃないんですか?」

「まあな。でもなんか吸いたくなってさ、気分的に」

「まあ、気持ちはよく分かります」

「だろ?」

事実、俺だって禁煙しよーなんて思っても三日続くか続かないかだし、第一煙草の何がいけないかもよく分かっちゃいないし分かるつもりもない。

「でも俺未成年だし止めとかねーとなーって。だから止めたんだわ」

「……は?」

未成年。言ってみせて先生はヘラヘラと笑って、アルコール度数のなかなか高い良い銘柄の酒を飲み干した。
今未成年と言ったか。目の前に居る、過去死神と呼ばれ今はこの町の救世主だと言われている、病的に白い肌と色素の薄い長髪を持った中性的な顔立ちの青年を見て、俺は大きく首を傾げる。

「……先生、今何歳…ですか?」

「19。あ、でもダークシグナーの時抜かすと…18?17?まあそんくらい。よくわかんね」

ぶっきらぼうに言い、先生は後ろ頭を掻きながら癖になったのかまた煙草を歯の先でギリギリと噛み合わせて見せる。
俺は状況を整理してから、まず冷静に彼の銜えた煙草とグラスを没収した。



***



不満足脱却した満足先生の鬼柳さんが書きたかったのと、ラモンと友達みたいな鬼柳さんが書きたかったのです。
鬼柳さんは実質19歳だけど肉体年齢はダークシグナー時を抜かしての17歳くらい、ならいいと思います(^ω^)

ラモ鬼うまうま(^p^)







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