正義
正しいとか正しくないとか。
あー下らない、とか思う訳ですよ。何か間違ってるか。
第一、自分がこれでいいと思えばそれはもう正しい訳だろ。誰か文句言われる筋合いもないんだよ。
親はもう随分前に死んでんだって聞いた。自分がまだ2才だとか3才だとかだったからそんなん知らないけど。
仕方なくなく俺は上の兄弟二人と別れて、子供のいない親戚に引き取られました。んで、14才の時にまたその親戚が死にました。俺はまた身寄りを亡くして、そんな時に長男の馨介と一緒に暮らす事になった。
見た目は昔渡されて、段ボールに詰め込まれていたアルバムで知っていたけれど、何せ11年も前の話だったから、馨介の見た目は6才とか7才とか。
全然違う容姿だったけど、残念な事に自分ととても似た顔だったから、見間違える筈もなく馨介だった。
程なくして京介も一緒に暮らす事になる。京介は本当に遠い親戚に引き取られたから淋しい、と言って居たから、馨介が気を効かせたみたいだった。
そうして年が経ち、俺は今16才。
馨介は有り得ないくらい面倒見がよく、家賃や食費、小遣いまで全部払っちまう。
それが嫌で、高校上がってすぐ一週間すし詰めでバイトを始めた。
けれど高校生のバイト代なんてショボくて、いつまでも頭金は馨介の世話になっている。
それが嫌で嫌で、けれどこれ以上バイトを入れるのはヘドが出るから、だから俺はずっと普通と違うバイトをしてた。
所謂、悪友?に教えてもらったバイト。悪友はヤク中でラリって高校中退して、暫くもう会ってもいないが、けれど悪友のコネは効いた。
ほんの一時間で、俺のバイト時給代の7、8倍。
なんか世の中あれだな、腐ってる。金の入った封筒をジーパンの後ろポケットに入れて、ふらふらと路地裏から出る。
駅前のマンガ喫茶はシャワーがあるから、そこで暇潰して家に帰るか、とネオンが無意味に光る街中を歩いた。
40過ぎのオッサンのモノ銜えて、気持ち良いだとかオッサンの気がよくなるような事を、馬鹿みたいに媚び売った声で言えば大金が手に入る。
なんか本当に、人生がわからなくなってくる。嘔吐物やらゴミやらで変に汚れたアスファルトを歩いて、向かいから歩いてくる人波を流れ作業で避けた。
駅が見えて来た所で、ぐいと腕を引かれる。
バイトを終えて、無言で歩いていた。つまりオフな状態だった訳で、いきなりそうされた事に吃驚して、声も出さずに乱雑に腕を振り払って振り返る。
「…先生?」
「一人でこんな所で、何してるんだ」
そこには普段のキッチリした教師スタイルではないルドガーが居た。俺の高校の教師で、しかも担任で、挙げ句俺が片思いしているだとか、そんな。
「ちょっと来い」
「…はい」
いつまでの人通りの多い場所に居るのが躊躇われたか、踵を返したルドガーに手招きをされる。すぐ側の路地に入って、困ったように溜息を吐かれた。
迷惑かかる生徒でごめんね、とふざけたかったが、止めておく。眉間にシワを寄せてじろ、と姿を見られ、思わず一歩後退った。
「…手ぶらか」
「あ、うん」
落としたぞ、と封筒を渡され、受けとって暫く考える。
そうして意味を理解してから、ジーパンの後ろポケットに触れると、確かに入っていなかった。じゃあルドガーはわざわざ拾ってくれたのか、と嬉しくなる。
「中は見た」
「……」
「学校の噂を聞いていれば、大方予想はつく」
ごそごそと、再び後ろポケットに封筒を詰め込む。顔を見てられないか、ふらふらと整わない視線を、足元に移した。
「感心せんな」
「はい」
「……辛くはないのか」
「何が」
「…いや」
ちら、とルドガーを見上げると、ルドガーは気まずそうに顔を反らした。
辛い、は考えた事がない。ただ、まあ、金が入るからやるし、それに気持ち良いの好きだし、何より感覚自体は普通のバイトと違うし。
ああただ最初は辛かった気がする。普通の人間でなくなる瞬間てのかな。終わった後は、世界が違った。
もう普通の、学園のマドンナの女の子を彼女にしたいと思ってはいけない気がした。隣の席の女子を可愛い、と思う事すら駄目な気がした。
でもその内、あのブス女子とヤるくらいなら俺掘りたいって奴のが多いだろう、なんて思うようになって。そんで自然とルドガーが好きになった。どうしようもなく好きになった。
でもルドガーは俺を生徒として見るから、だから俺も生徒でいて、でもそれは辛くて。
「あー…辛いな」
「本当か?なら、もう…あまりするな」
つまり俺は、売春したからルドガーが好きになったから、だから辛い。でも売春を止めたってルドガーが俺とセックスしてくれる訳じゃないし、しかも定期的にセックスしないと気が済まない俺だし。
「じゃあ、もう遅いから帰れ」
「はーい」
まあマンガ喫茶行くけど、とそのままふらふら駅に向かう。反対側に歩いて行くルドガーを振り返り、彼女にでも会うのかね、と少し淋しくなった。
毎度ルドガーを思って金稼いでる、なんて言ったらあの人はなんて思うんだろうか。
***
狂介はビッチ。
だけどもう普通のオトコノコに戻れない事が悲しかった時期があればいいよ。
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