求賠ルール



※女体化注意、妊娠注意



俺の名前はラモン。今居る場所はネオ童実野シティ治安維持局内の留置所だ。つい先程、クラッシュタウンから連れられ此処にぶち込まれ色々質問をされ散々にくたびれている所である。
お世辞にも広いとは言えないその中で、向かいに座る初老の男性が死んでんじゃないかってくらいくたびれていて怖い。俺もしかしたら一生此処から出れないのかもしれない、悪夢、悪夢とはまさにこれこの状況だ、いや出れる日は来るだろうが行く場所は現状より更に良くないだろう。震えたって死んでるんじゃないかって程くたびれたって忙しく歩いている治安維持局の連中はこちらに目もくれない。

と悩んで5時間。俺はその後に後悔をするハメになった。悪夢なんてここからだったんだなぁと。

「ようラモン。迎えに来たぜ」

「……先生」

書類を片手に通行証を胸に付けた見知った顔が、檻の向こうで長い睫毛を震わせて笑っている。急いで来たのだろうか、息がきれていた。
黒いコートに長い薄銀の髪。貧相な体つきと白い肌は女性らしいとは言えない、ひそやかな起伏があるかなしかの彼女の背格好は、貧相なくせして何故だか魅力的らしい。道行く男共がちらちらと振り返っている。くびれがあるからだろうか。それとも素直に美人だからだろうか。
鬼柳というこの女は先生と呼んで利用していた女だ。俺がこの留置所にいる事を喜ぶ奴の代表者一人だろう。冷静そうな微笑みのその下で笑っているはずだ、手を叩いて盛大に嘲笑で。

「何が、迎えに来た、ですか」

「どうもこうも。迎えに来たんだって」

「なぜ」

「……そう睨むなよ」

こくり。向かいに座る男性が動く。ああ寝ているだけなのか。俺も呑気に寝てしまえれば、随分楽なんだろうな。ああ憂鬱だ。

「お前今すぐ此処から出れる」

「は?」

「治安維持局のお偉いさんが知り合いでな。いやまあそれもあるけど、他にもあって」

ぽかんとはまさに今の俺の状態を言うのだろう。目が見開いてしまっているのが自分でもよくわかる。出れる、出れる、出れる。つまり此処からおさらば出来るという事だ。
なんてこったい。ようやく状況を理解して俺は口を開いて口角を上げた。この無気力女役に立つじゃねぇか、と書類を見るふりをしている若い治安維持局の男に後ろから尻やら胸やらをじろじろ見られている、鈍感な鬼柳さんを見遣る。

「ありがとうございます!」

「ああ、ただし条件がある」

「?なんですか、いや満たしますよ出れるなら」

「そうか?」

「はい」

鬼柳さんはええとと唸り、抱えていた書類をざかざかと読んでいる。さてなんだろうか、いやだが思い付きやしない。町の復興を手伝わされるとか、監視付きで過ごすとか、そういう事だろうか。

「…まずは状況を説明するな」

「はい…?」

「俺は、俺達は5時間前にクラッシュタウンの騒ぎを終息させた」

「すごいですね」

複雑そうな、しかし少し嬉しそうに鬼柳さんは微笑む。あの暗い女が大層な変わりようである、仲間との再会とやらはそんなに感動的だったんだろうか。

「それで色々な事があったから、医者に診て貰ったんだ一応、まあ、渋々」

「はあ」

確かに頬にガーゼが貼られていたり、手に包帯が巻かれていたりする。すべき状況説明とはまさかそれの事だろうか。向かいにいる男が話声に反応してかむにゃむにゃと言っている。それを見るともなしに見遣り、檻に寄り掛かる彼女へ目を遣った。

「それで…体調が変だっていうので検査をしたんだ」

「はい」

「……単刀直入に言うな」

「はい」

「妊娠してた」

「は」

にんしん。頭にわいたそれを理解しようとしてしかしダメで混乱をする。目を合わせた鬼柳さんは少し頬を赤らめて腹を撫でていて俺は、俺ことラモンはどうにも意識がこう、ふわぁと、ふわぁふわぁとしていた。
さて妊娠、妊娠。受胎だ。とどをつまるにセックスをしておこりうるそれで、互いに理解と愛があるかそれか計画性が微塵もないかで成し得る賜物である。
この人のここ三ヶ月はお世辞にも人並みでなかった。食事はあまりとらず睡眠もとらず女性としては、その、あんまりにもあんまりな生活だ。

直入に言おう。
誰かとセックスなんかしてないだろう。

「あまり女に言わせる事じゃないが、絶句しているラモンに代わり言ってやる」

「……」

「この三ヶ月お前としかセックスしてないからな」

そうこの無愛想で無気力な無鉄砲なお人形さんみたいな、正直言ってお綺麗な女を抱いていたのはあの町の中で俺だけなのである。この馬鹿野郎の俺だけなのだ。
言い訳じゃないが言うぞ、最中のこの人は人が変わったように可愛い。無気力なのは変わらないが目を虚にして無口だが言外に欲しがる様はとても可愛いのだ。だから三ヶ月間互いが互いに性処理の為だとこの人に提案されてまあ役得だと思っていたし、そう感じていた。互いに雇い主と用心棒との距離を保ち、セックス時だけのまぐわいだと割り切っていたし。
だがまさか妊娠だなんて。おかしい、避妊は確かにしていた、ゴムは付けていた。本当はピルなりを服用させたかったが彼女は用心棒として雇っていたのであって、性処理担当の商売女とは違う訳である。無理はさせないようにと大人な関係を互いに保っていた、はずだ。うん。

「んな顔するなよ。俺もビックリしてんだ」

「……」

「ほら一回ゴムしなかった事があっただろ?最後は口でシたけど、先走りでも妊娠するらしいし」

ああああ綺麗なお顔で何を言うのかこの人は。後ろで浮いた目で見ていた若い治安維持局の男がなんとも絶望した顔でふらふらと去っていく。すいませんねどうにも身篭らせてしまったらしいです、お前の一目惚れの相手にね、俺もビックリしてるんだっての若造よ。

「で、条件てのはそれだ」

「……それ、ですか」

「俺は産みたい。ちなみに言うと旦那も欲しい」

「ちょちょっと待って下さいよ、俺は嫌ですよ!結婚…ていうか、ガキなんて…」

「へぇ」

何を言うのかこの小娘。つうか俺はあんたを苦しめていた張本人だろう。セックスだって嫌がらなかったが消したい過去だろう、あんな自暴自棄にしていたリストカット地味たセックスは、俺なんてちょうどいい棒がそこにあったってだけだし。こうして仲間との再会を果たした彼女の顔は年齢に相応しい顔だ。何歳も年上の男との子を産み、ましてや結婚していい訳がないだろう。
というか何より俺が嫌だ。小娘だこんな若い女、それにこの人といてもあんま良い思い出なんかないし。つうかまず互いにパートナーしてダメだろう、そういう性格じゃないだろう互いに。セックスフレンドならまだしも。

「いや、いいよ結婚は。ただたまに家に来て子供に会っていて欲しい、父親がいないなんて可哀相だ」

「な…」

「ていうか俺がお前をここから出す為には、腹の子の父親がお前だって証明しないとダメなんだよな」

まだ薄い腹を撫でる鬼柳さんは母親のそれがもう既に出来ている。まだ妊娠二、三ヶ月のくせしてもう母親気取りか。だが様になっているから怖い。俺の子が、あの白い掌の奥の子宮ん中にいるらしい。ううむ。

「事件の犯人はロットンとマルコムとバーバラ。俺とお前は子を作るほどの仲良し恋人、悪に立ち向かっていた。用心棒と雇い主なんて関係なんかじゃない、ってのが筋書だ」

「…そんなの上手く行くわけないですよ」

「あの町じゃ俺は今や救世主なんだ。やけに信仰されてて、俺が黒って言えばあの町じゃ白は黒になる」

「…それは」

「俺が、ラモンは腹の子の父親で一切の罪はなくロットンらが悪なんだ、と言えば、町の人間全員が治安維持局にそう答える」

ああ一択しかないんじゃないか答えは。嬉しそうに微笑む彼女の顔は綺麗だ、とても綺麗だ。なんだってこの女は俺をそんなに出したがるんだ、そんなに腹の子を産みたいのか、仲間に会って生きる希望がわいたのか、ならば良い迷惑だ、ああ迷惑過ぎる。

「……わかり、ました」

「ん」

「言う通りにします」

「うん」

ああ可愛い笑顔ですね鬼柳さん。だがただ忌ま忌ましいですよ鬼柳さん。
俺は自由の身としてここを出ます、お先に失礼いたしましてどうもすいませんね名も身の上も知らぬ同居人の居眠り男よ。まだ船を漕ぐ男を見て溜息を吐く、俺もいっそこれくらいに熟睡してしまっていれば良かったなぁ、と。






重箱の隅を突くような姑の目というのはこういうのを言うんだろうな。気まずさに満たされながら俺は真正面に見据える青年の視線に堪えながら、どうにか唇を開く。

「ええと、あんたの気持ちもわかりますがね」

「ああ」

「俺もその、責任は取らないといけない…ですし」

「ああ」

「それに何より、彼女自身が…そばにいろと、言ってまして」

「ああ」

不動遊星。鬼柳さんの親友であり過去のチームメイトだ。
ようやっと釈放され、クラッシュタウン改めバーバラタウン改めロットンタウン改め、サティスファクションタウンと相成った町へ帰って来たのだが、尋問をするかのような緊張感のまま彼に宿へ連れ去られてしまった。鬼柳さんは外でクロウとジャックという友人らと談笑をしている。
遊星という青年はあんまりにも表情が乏しく、何を考えているかよくわからない。どちらかと言うと無表情という訳でなく、険しく思えるので不機嫌そうに見えてしまう顔をいつもしていた。
だから今も、俺の言葉一つ一つに不機嫌そうにしているように見える。

「で?」

いや違う不機嫌だこれ。絶対今この人不機嫌だ。

「……彼女が子供を産み、育てるのを俺が付き添って見守るという契約をしました…」

ちら。青年の顔を伺う。膝をぎりと掴み、眉を寄せて俺を睨んでいた。なんてこったいあの乏しい表情に定評のある彼が、なんとも感情に身を任せた表情をしている。
だがそれも仕方ないだろう。町の人間の話によれば彼は鬼柳さんをいたく信仰していて、過去にチームが解散の危機に陥った際も最後まで親友として寄り添っていたと聞いた。
そんな最愛の親友を人殺しに仕立て上げ、挙げ句孕ませやがった年上の人間なんて好感を持てるわけがないだろう。

「……鬼柳がそれを望んだのか」

「はい、まあ…」

「そうか…」

ふ、と、彼は外に目を遣る。楽しそうに仲間と談笑をする鬼柳さんは、俺のよく知る無気力な姿とだいぶ違うがきっとあれが彼女の本来の性格なんだろう。
眉を寄せていた遊星はその姿を見て更に表情を変え、今度は悲しそうな顔をしていた。

「…俺は鬼柳が好きだ」

「…はい」

申し訳なくなって頭を垂れる。あの人に孕ませてしまって本当に申し訳なかった。だが注意はしていたんだ、これでもかと注意をしていた。
だがその注意は果たして彼女の為だったかと聞かれればはいとは言えない。だからこそ申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

「子供を孕ませれば、あいつと暮らせるのなら、俺も無理にでも犯してしまえばよかった」

「………」

は。

俺は思考が止まった。外の路地で談笑して馬鹿笑いしている鬼柳さんを、青年はただ悲しそうなそして愛しそうな眼差しで眺めている。
そして俺は思考を再開させた。
不動遊星は鬼柳さんの親友だ。大親友の筈だ。親友を孕ませたいとか言うだろうか普通。
鬼柳さんをただただ眺める彼を眺めて、俺は考える。つまり、つまりだ、つまり不動遊星は鬼柳さんを、

「冗談だ」

「……あ、はい」

冗談。そ、そうか、それもそうか。そうですよね親友なんですもんね、はい。
しかし真顔でこちらを向き、冗談、と言われるとなんだか少し怖い。なんだその真顔。怖いとしか言えない。

「鬼柳は子供が出来たからお前を必要としたんじゃない。お前の子供だから必要としたんだ」

「はい、そうですね…?」

「お前を必要としているんだ」

「はあ」

「鬼柳はお前が好きなんだ」

「は」

何を言っているんだこの人は。
つい口がぽかんと開いた俺を、ただただ眺めてくる彼はおおよそ未成年とは思えないくらいに冷静な目線を寄越してくる。

「…だから俺が孕ませてたって、あいつは俺とは付き合わないし結婚もしない。お前とならあいつは孕んでいなくても結婚するだろうな」

「なにを、」

「何故疑う。俺はこんなにも鬼柳が好きなんだ、お前なんかよりずっと。こんな嘘は付きたくなんてない」

不動遊星は、ただただやはり無感動な険しいいつもの顔で言っていた。だから俺も表情を変えられなかった、ただ互いに怖いくらい見詰めあっていた、いや、俺はただ反らせなかっただけだ視線を。だが彼は俺の目を覗き込みたいらしくただひたすらにじっと目を見てきた、怖いくらいに。

「鬼柳を幸せにしなかったら、お前に何をするかわからない」

物騒な事を言い、彼は外に出て行った。鬼柳さんの肩を抱く姿が寂しそうに見えたのはきっと気のせいではないんだろう。

幸せに。あの小娘を。どうにも俺を好きらしいあの人を。
クロウとやらの肩を叩いて馬鹿笑いする彼女は、年相応の、いやそれより随分と幼い正直に見える。

彼女の腹には自分の子供が、いる、らしい。あまり実感がわかないが。

ふと店内、こちらに目を遣った鬼柳さんと目が合う。暫し見詰め合ってしまった後に、こちらからひらひらと手を振ってやると彼女ははっとして同じく手を振り返した後、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
隣に立っていた遊星がこちらを忌ま忌ましそうにじっと見ている。なんだあの人あんな顔もできるのか、鬼柳さんも遊星も。
はあと溜息をついて、俺は考える。果たして役得だろうか、これからの生活。



*



これからの生活もいつか書きたいです。最大の敵はニコちゃんですよ、はい。







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