追憶セレナーデ




その日はじりじりと暑い日だった。サテライトの沿岸に位置する安アパート集合地は建て付けの悪いものばかりで、住んでいる奴らも同様である。どこかしらいかれてる。残念な話だが、俺も含める。毎日仲間を救う為に躍起になって、最近では目的も手段も見失い始めていた。いかれているだろう。

家具のほとんどが置いて無い室内に土足で入り、ポストに入っていた紙切れの山を部屋の真ん中にほうり込む。温い室温に晒された漆塗りの机に荷物を置いて、稼動音が忙しく鳴る小さな冷蔵庫を開いた。ペットボトルの飲料水しか入っていないのは分かっていたが、直面するとなかなか侘しいものがある。

久しぶりの家である。最近までそこいらを忙しなく動き回っていた為に、腰を落ち着けるのは大分懐かしい感覚がした。
可哀相なくらい小さなテレビを付けてやると、ちょうど新しいニュースが読み上げられるところだった。
ペットボトルのキャップを外し、少し遅いが賞味期限を確認する。あまり信用出来ないが二ヶ月以上先の日付が印されていた。
一口含み、一応冷えているそれに機嫌を良くしてテレビの音量を少しだけ上げる。
シティのあんまりにも真面目なアナウンサーが、瞬きを数回してから原稿を読み上げて見せた。

―――の御子息、ジャック・アトラス…

「っうわ」

久しぶりの自室だとぼーっとしていた、いやそれどころか寝てしまうかとすら考えていた頭が、馬鹿みたいにぐいっと戻される。前後は全く聞いていなかったが、その自身の名前より遥かに聞き慣れた大切な名前に瞬いてしまった。
滑り落ちかけたペットボトルを握り直し、テレビ画面を見遣る。そこには引きで写真を取られた、航空機から降りて来るジャックの姿があった。
昔と一寸変わらぬ不機嫌そうな仏頂面が、綺麗な金髪で凛とした雰囲気を作っている。白いコートとそれに見合うガタイの良い体格は過去には無かったものだったが、ここの所毎日彼の姿を追う俺としては見慣れた姿だ。

ニュースの内容は、18歳になったジャック・アトラスが近日行われる大会に出場するという話である。ああそうか、ジャックはもう18歳なのか。
あの時から、大分時間が経ったのだと酷く痛感する。

「………ジャック…」

航空機から降り立ったジャックと、義父であるレクスとが三文芝居にも程がある親子ごっこをしている写真で、ニュースはしめられた。
ジャックはレクスを自身が絶対王者になる為に利用しているだけだし、レクスはジャックを道具としか思っていない。なんという親子だろうか。
ニュースを一通り読み上げたアナウンサーが、スタジオの評論家と会話をしている。レクスとジャックとを「互いに尊敬しあう親子」という風に言い切る評論家に、スタジオが納得の声で纏まった。

「…仕事辞めちまえ、ふしあな」

人の良さそうな評論家の額を、正確にはテレビの液晶を突き、電源を切る。溜息を吐いて、ペットボトルの水を再び飲んだ。

ポケットに入れたままのカードを、布ごしに撫でる。決闘龍、というそれを手に入れて俺は今酷く充足感に駆られている。いやまだ満足するには早すぎるのだが、だがしかしあまりに手段の無かったジャックを助けるという行為に光が差したのだ。喜ばずして、どうすれば良いのだろうか。
そのカードを先程机に置いたケースにしまうべく立ち上がる。ペットボトルを机に置き、小型ジェラルミンケースと呼ぶべきか、アルミ質のそれを開いてカードを置いた。
既にしまわれたレッド・デーモンの隣にそれを置き、胸が暖かくなる。
ジャックを救い出せる日は、もう目の前だ。そう思うと嬉しくて堪らなかった。



*



かなり、ビックリするくらいにわかりにくいですが、オーガ・ドラグーンを貰ったその日です。
かなり捏造過ぎる鬼柳さんの私生活。ジャックを助ける方法を探し回って帰らなかったから、家として扱ってない家だと思います。いっそ空き家に勝手に住んでるくらいで。

あんな小さい頃から(推定)18歳まで鬼柳さんはどれだけジャックの為に走り回っていたのか。それを考えると少し、いや、かなり切ないです。はい。


セレナーデ:小夜曲




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