快闊ジュブナイル






ちゅんちゅん。名前も覚えない、しかし姿を見慣れ声を聞き慣れたこの地方に馬鹿みたいにいる鳥の声が聞こえる。下がり睫毛気味の自分の色素の薄い睫毛を視界にとらえながら、ぼんやりと重い瞼を開いた。
とろとろとしたまどろみの中で頭の下、手元にある枕をきゅうと掴んで欠伸をする。盛大なそれで目尻が落ちた涙を空いてる方の手の指先で拭って、首元まで掛けてある毛布を引っ張り上げた。

新しい朝である。安いカーテンの隙間から少ない陽射しが室内に入っているところを見ると、朝というよりは明朝と言ったほうが良いかもしれなかった。5時か6時くらいだろうか。まどろみに負けそうになった閉じそうな瞼をなんとか開きながら、ぼんやりと考える。
そんな視界で捉えた人影になんとなくほっとした。鳥の声と外の喧騒とが遠く聞こえるが、逆に言えば室内は無音で何も聞こえない為にその人間が歩み寄ってきているのには安心する。
奥の部屋から似合わないスリッパを履いた男がのそのそとやって来た。煙草のケースをジーパンのポケットに突っ込んでいる辺り、一服してきたようである。

「おはようございます」

「…ん」

珍しく朝早いのだなとその男、ラモンを見上げてまた欠伸をした。頭をくしゃりと撫でる案外大きい手に安心して瞼を閉じると、ラモンは笑う。掌から少しだけ煙草のにおいがして気分が悪いが、それよりも頭を撫でられるのがだいぶ心地好い。

「まだ…えーと、5時半、ですね。二度寝して大丈夫でしょう。今日作業開始時間、早くない日ですし」

「……ラモン、は?」

「目冴えちゃいましたし、部屋に帰りますよ」

白いカーテンが窓に引かれ、つまらない無地の絨毯が敷かれたこの部屋は俺の部屋だ。ラモンの部屋はこの家の向かい側にある酒場の2階である。この家にはニコもウエストも一緒にいるため、朝は一緒の部屋にいるわけにはいかない。可愛い子供達が2階で寝ている中、夜一緒の部屋にいてもいいのかと聞かれればまあなんとも返答に困るのだが。

また後で会いましょうね、と呟きラモンは毛布からはみ出た俺の指先をきゅうと握ってくれる。寝起きなのにやはり冷たい自分の指先は、暖かい掌に包まれて大変心地が好い。
普段上品めいた質の良い皮の手袋に包まれているこの掌は、肌に触れるととても良い気持ちになる。それが他ならぬラモンの手だからというのも強いと思う。
熱が伝わり温くなった指先を撫でて、暖かい掌は毛布から出ている俺の頬に触れた。包むように両手でぺたぺたと撫でられ、覚醒しきれずぼんやりした頭だが嬉しくなってきて、口角が上がる。少し擽ったくもなって瞼を閉じるとラモンはその落ちた瞼も指先で撫でた。暖かい掌が肌に触れる度に安心する。

「……きもち、い」

余す事なく触れるその掌に笑いながら呟いた。煙草くさい掌だが気にならない。というよりも、ラモンは近付くとよくわかるが色々ににおいがする。煙草もそうだし、他には珈琲のにおいもするし香水のにおいもする。あとクリーニングに出した上等な皮の服のにおいもして、あとそうだ酒のにおいもする。どれも大人の香りだと改めて思って、なにか胸がきゅうとした。

「鬼柳さん」

「…ん?」

「あんまいきなり可愛い事言わないで下さいよ」

「…は、ぁ?」

可愛い事。何を指しているのかわからずゆっくりと瞼を開ける。片膝だけベッドに乗り上げたラモンが俺の顔の横に片手を着いた体制で、顔を思っていた以上に近い位置にしていた為に少し吃驚した。
眼前にいるラモンを見上げ、帰らないのかと尋ねようとすると頬に当てたままだったラモンの親指が呆けて開いたままだった俺の唇を割って、咥内に入ってくる。何をされているのか訳がわからず、一瞬反応が遅れてしまった。気付いたときには咥内をぐちぐちと指先が動き回っていて、愛撫されているようなそれに背筋がぞくっとする。

「ん、っふ、ぁ…ふぁ、も、ん」

「あ、ひょっとして俺の名前呼びました?」

「ふ、…らに、す、ん…ら、って」

ディープキスでもしているような感覚だ。咥内を好き勝手弄ぶ親指に困惑していると、一つ思い付く。そうかラモンの手首を掴んで止めればいいのか、と。その辺りでようやっと目が覚めてきた。毛布からもぞりと腕を出し、そういえば寝ている時になにか良い夢をみた気がしたがすっかり忘れているなとぼんやり思いながら、ラモンの手首を引っつかんで動きを制す。

「んっ、ん…は、ぁ」

案外あっさり離れたそれをまだ一応制す為に掴んだまま、息を整えた。唾液が垂れた唇が気持ち悪くて顔を歪めると、体制を変えたラモンがその唾液を空いた片手で拭ってくれる。
俺の腹の上に完璧に跨がったラモンを見上げて、ああいい歳してこいつ元気だなあとぼんやり考えた。まだ明朝で、しかもさっき俺を気遣かって二度寝を進めたくせにと思わず少し呆れる。

「朝っぱらからとんでもなくエロい顔しますね、さすが町長」

「……お前も結構、いい顔してるけどな」

ラモンがぺちぺちと頬を手の甲で撫でてくるので、俺も見上げたラモンの頬を撫で上げた。昨晩も二回ほど結構激しい行為をしたにも関わらず、よくまあそうもこんな細い白いだけの体に欲情出来るなと笑みを漏らしてラモンの名前を呼ぶ。素直に寄った体に腕を回して、胸元に額を擦り付けると笑いながら困ったように名前を呼ばれた。

「ちょ、それはどういう反応ですか。寝たいんですか?」

「……寝たい」

「俺とですか」

「…本当、お前、朝から元気だなぁ」

そういうアホなやり取りをしている間にもシャツを捲り上げられていて、思わず少しふき出して笑ってしまった。まあいい歳して盛りやすいやらアホやら言うが、愛されているとは怖いくらいひしひしと強く感じて心地が好い。本人には調子に乗るから言わないが。

「でも盛ってるわけじゃあないんですがね」

「…よく言うよ…」

「いや本当に。ただ可愛いから触ってただけで。そしたらついついこう、むらっと」

「いや結局盛ってるだろそれ…」

というか可愛いとか本当に素面で言わないで欲しい。恥ずかしいとかでなく、なんというか居心地が悪くて堪らなくなる。まあ何度言おうとラモンは止めないので今更それを指摘する気にはなれないが。

「じゃあ、おはようのキスでいいです」

「…えー…煙草吸ったばっかで今絶対ヤニくさいだろ、お前」

「そんな事言って、昨日だって酒くさいってんでお休みのキス出来なかったですし。あ、だから溜まってんのかもしれないですね」

なんだかもうツッコミを入れる気にもならない。ははと渇いた笑いを返して毛布に篭ろうとするがラモンがそれを許さず、ぎちと音を立てて毛布が動かない。腹が立つ。先程まで愛しくて堪らなかったが眠気が勝るといらいらしてしまう。
今日は朝は8時起きでいいのでまだ違う日に比べれば睡眠時間は長いが、如何せん最近は睡眠時間が短くて寝不足っぽいので少しでも長く寝ていたいのが現状だ。ラモンは愛しているしなるべく行為には付き合ってやりたい、が、しかしこればっかりは譲れない。2時間行為に勤しむより寝たいのだ。隠す必要もないくらい清々しい正論の本音だ。

「あー…んじゃ、ちゅーだけなー…」

「ディープは」

「……した時に…お前がそれ以上のことを踏み止まるんだ、って胸を張るなら…まあ…」

「じゃあ大丈夫ですね」

本当に大丈夫かよとツッコミを入れる元気はとっくになく、ラモンが楽しそうに頬を撫でるのを甘んじて受ける。掴みっぱなしだった手首を離してやるとその手で、その手を掴んでいた俺の手を握り締めてきた。こいつはこういう乙女のような事をしたがる習性がある。勿論手の繋ぎ方は指と指とを絡める恋人繋ぎだ。汗ばむやつだ。

とりあえず眠いなと欠伸だけは噛み殺してやるが、遠慮なく体の力を抜いて瞼を閉じてやる。ラモンの気が済んだらいつでも寝れる体制だ。今が明朝でなく、少し眠いだけの夜であったら相手してやるのだが朝なのだから仕方ない。

唇を確認するようにふにふにと触れられこしょばゆい。体を竦めると可愛いと言われて、気分が悪い。それをわかってか違うのか、さっさとキスされた。子供がするみたいにきゅと押し付けられた唇は少し斜めに重なる。ラモンの唇は案外厚めだと最近気付いた。熱を持った舌が猫か何かみたいにちろっとこちらの唇をなめるものだから、ついつい体が跳ねる。楽しそうに笑うラモンの気配が恨めしい。

「…ん、ん…は」

ちくしょう瞼を閉じたのは間違いだったかもしれない。咥内に侵入した舌の音とか、ラモンの息遣いとか自分の吐息とかやけに頭に響く。ぐるぐる頭で思いながら、瞼を閉じたままぎゅっと一層強く瞼を閉じた。舌で歯列をぞろりと撫でられ、背筋が痺れる。ラモンのキスはやけに緩急があって怖いくらいに翻弄されてしまう。悔しいくらいだ。

息が苦しくなると良いタイミングで息継ぎをさせられ、程よく息を吸うとまたキスされる。煙草のにおいなんか忘れた頃にまた息継ぎをさせられ、またキスされる。そういえば一回だけななんて俺は言わなかった気がする。あああと何回キスされるのだろうか。上顎をぞろりと撫でられる度に涙が溢れるくらいに背筋が甘く痺れる辺り、もう俺は良いようにこいつに染められている気がする。後頭部を掴まれ何回も何回も角度を変えて繰り返していった。ラモンの吐息が頭の中に直接響いているみたいに鮮明で、悔しいけど少し興奮する。

暫く続いた行為に息継ぎを繰り返してはいたがすっかり息が上がってきた。俺がラモンの肩に腕を回し、もう眠気なんてすっかり忘れてしまった頃に唇が離される。悪戯っぽく笑うラモンが、自分の唇をぞんざいに拭った後に俺の唇を指先で丁寧に拭った。

「ふ、ぁ……ん、は」

「わあエロさが増したんですけど、え、寝れますかその状態で」

「……お前なんてはげちまえ、額から、ずるっと、はげろ。今すぐ」

「怖い事言わないで下さいよ」

ああもう6時を過ぎてしまっている。ラモンの後ろの柱に掛かった時計を見て少しうんざりとしながら、楽しそうに言葉を待つ大好きな愛している唯一無二の愛しい恋人の姿を見て、溜息が漏れた。
勢いでラモンの肩に回したままになっている腕はそのままに、寝たまま少し俯く。眼前に見えるまあ薄いラモンの胸元に額を埋めてまた溜息を漏らした。

「……一回だけな」

「ありがとうございます」

「即答すんな金玉蹴るぞ」

「男のくせによく言えますねそれ」

馬鹿みたいに怖いくらいに俺を愛してくれるこいつに、ついいつも憎まれ口をきくがそれを文句言わず毎回笑いながら茶化すこいつは自惚れかもしれないが、ひどく俺を愛していてくれていると思う。
だからそうすると睡眠時間を削ってやるのも悪くない気がしてしまうのだ。気がしてしまうだけだが。実際どうなのだろうか。愚問だろうか。

繋ぎっぱなしだった片方の掌をにぎにぎとすると、ラモンは嬉しそうに笑った。ああその顔がなんだかイケメンに見えなくもないと思うのは、きっと俺が結構ラモンの笑顔が好きだからなんだろうな。やっぱりはげちまえ。



*

瑠奈様よりリクエストいただきました、ラモ京の甘いのになります!
ラモ京の…甘い…ですかね。いやでもこれ毒吐きながら相当な度合いでラブラブしてますよね、我ながらバカップルだなと思いましたよ。
この後ウエスト君が異様な早起きをして鬼柳さんの部屋の前通ったから中断して、ラモンは窓から帰るってそんなとこまで考えましたが結局書かなかったですん。

ではでは、ぐだぐだと書きましたがやはり伝えたい言葉はこれです!
二周年、七万打、そして瑠奈様リクエストをどうもありがとうございました!


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