戯言スピーカー





愛しいという思いの首を絞めて、そのボロボロに成り下がった感情の死体を見えないように暗い場所へ隠した。そうして憎しみだけが残った暗い部屋で笑うのは酷く心地良くて、子供のように不動遊星を嫌えば嫌う程に気分が良かった。涙が溢れるくらいに、楽しかった。
自分という人間は昔からそうである。自分の中の大切な気がする一部分を殺すのが上手で、食い物とか寝床とか親とか、そういうほしい物なんてないように笑って生きて、そうした延長線で良い人ぶってリーダーなんてやってみせていた。本当は他人の顔を伺い始めるとキリがなくて、嫌われるのに酷く臆病で、笑顔を作るのも心底苦手だ。でもそばに誰かいないと死にそうなくらい寂しいから、自分を偽るのは、感情を殺すのはごく当たり前にするようになった。
地縛神はダークシグナーに新たな生と、底無しの憎悪とを手渡した。受け取るしか選択肢のない死骸に他ならない自分の細い手を腕を手繰り寄せて取ってくれたのは紛れも無い救い神で、臓を憎悪が満たした瞬間に俺は、ああ救われたと、そう思ったのだった。



その日は曇り空が続く憂鬱な一日で、なんとも嫌な気分になった。
シティとサテライトが繋がって数日、鬼柳京介は遊星らの住む場所の近場にある簡易なホテルに宿泊していた。現在サテライトでは大規模な工事が行われていた為、工事の影響で生活の続行できない一部のサテライト住人にはホテルが無料で宛がわれている。
少し伸びた髪を煩わしそうにしながら、あてもなく噴水広場を歩く鬼柳に声を掛けた遊星は、彼にしては珍しく強引に親友をガレージへと引き込んだ。どうやら新しいエンジンが出来たので見せたい、との事だ。子供のように裾を引く遊星にわかったわかったと窘める声を掛ける。
遊星号と名付けられたその車体を見せ、遊星はこの部分がと説明をはじめた。遊星は元よりそこまで語りたがりな気性はなかったが、機械の話ともなると別である。それに自作のDホイールの説明を鬼柳にするのは初めてであったからか、余計に興奮しているようだった。
遊星は鬼柳に対して頼れる兄のような、頭の上がらない父親のような、優しい母のような、とにかく親友の域を超えた感情を抱いている節がある。憧れ、羨望、愛情、入り混じった目を向けられては鬼柳としては悪い気はしない。だが昔から、こうして自然と悪気なく懐に入り込む遊星が鬼柳は苦手だった。同時に、羨ましいとも思う。

遊星は知らない。この時点で既に鬼柳が記憶を取り戻していた事など。眠ればダークシグナーであった時の事を思いだし、一人でいれば嗚咽を漏らしていた。
しかしそれに遊星が気付かないのは当然である。鬼柳は感情の首を絞めるのに長けていて、つらいという感情を殺してしまうのなんて朝飯前だ。遊星が気付かないようにと、記憶が戻ったのかもなんて微塵も感じさせないようにと、貼付けた笑顔を遊星に見せていた。

「一緒に暮らす話、考えてくれたか?」

遊星の言葉に、鬼柳ははっとして顔を上げる。意味もなく見詰めてしまっていたエンジン部分を遊星は撫でて、それから返答を求めてこちらを見上げてみせるので鬼柳は困ったようになんとか返事を返した。
今現在はポッポタイムのガレージを借りて暮らしてはいるが、いずれは家を持つと遊星は言う。しかしそうすると金銭問題やらが厄介になるので、遊星とジャックとクロウとそして鬼柳とでルームシェアでもしないかという話だ。勿論、当面はこのガレージで暮らす事になるだろう。
いつもこの話をされるが、鬼柳はなかなか返事をしなかった。理由は様々だ、記憶にごべり付く遊星へ向けてしまった憎悪や自分の犯した事柄。それらが頭にまわり、これでもかと謝罪もしたいが、そうしては遊星が鬼柳に記憶が戻った事に気付き自分が悪いとそう自分を苦しめてしまう。

「また昔みたいに、鬼柳と暮らしたいんだ」

胸に突き刺さるようなその台詞に、鬼柳は笑みを浮かべて「まだ考えさせてくれ」と返すしか出来なかった。息が苦しくなって、女々しく涙腺が緩む。遊星が親友でいたい鬼柳京介は、今はいない。
まだ今は離れて暮らしているから遊星は気付かないかもしれないが、気付かれるのではと鬼柳は日々恐怖する。遊星の望む活発で頼れるリーダーなんてもう居ない、いや、最初から居ないのだ。あれは偽っていた、無理していた人格で、本心ではない。日々自室で嗚咽を漏らして、言いようのない不安感に吐き気をもよおしていたのを遊星は知らない。
鬼柳を見る遊星の目は、テレビに写るヒーローを見る少年の目だ。ヒーローを演じてみせるスーツの下のスタントマンが何を思っているのかも考えず、羨望した輝く瞳をこちらに向ける。遊星は怖いくらいに現実に夢を見ない男だったが、鬼柳京介という人間に対してだけは違った。羨望も称賛も信頼も鬼柳にだけは過剰に向けている。それが今の鬼柳京介の首を絞めて心臓をぶすぶすと刺しているなんて、遊星は知らなかったが。

(俺はそんな立派な人間じゃない)

そう言えたのならずいぶんと楽だっただろう。鬼柳はその日も返事をぼやかしてホテルへと帰った。
ダークシグナーであった時の記憶が無くなった事実がなく、もしくは思い出さず、それか遊星達が内緒にしないで、いやまず自分が生き返らずにいたら、こうも悩む事はなかったのに。一度孕んだ底無しの憎悪が消えた臓を抱え込む形で、鬼柳は今日も胎児のように丸まって眠る。見る夢は変わらずダークシグナーの時の夢だ。

遊星の望む鬼柳京介は明るく元気なリーダーで、頼れる憧れの存在だろう。鬼柳自身それは強く感じるし、それをやってやると遊星が喜んでいたのを知っている。
だが今の自分にそれが出来る気がしなかった。遊星を愛しているし、側にいたいとも思う。だが、無理だ。女々しく耐え切れなく溢れた涙が酷く滑稽で、唇が弧を描いてしまう。
遊星を殺したいと叫び散らしていたあの日々は消えない。一年以上もあんなに憎悪に取り巻かれて、その記憶があって、なのに今更笑いかけるなんてあまりに勝手だ。
憎悪がぐずぐずと居座っていた臓がそこに心臓があるみたいに上下している。鬼柳は腹に手を置きながら眠りについた。



ホテルのフロントに待機している治安維持局の人間に声を掛ける。親戚のいる場所に行ける事になったから今から自分のいた部屋は空室だ、世話になったという旨を話した。既に整理もしておいたと告げて、鬼柳は噴水広場を通らないようにと遠回りをする。
途中で出会った緑の髪をした可愛いらしい双子に旅に行くんだと教え、学校帰りに遊星に伝えてくれるよう思ってネオ童実野シティから出て行った。
最初からこうすればよかったと後悔する。早く決断しなかった後悔と、決断してしまった後悔をして、それから溜息を吐いた。遊星の名前をつぶやくと酷く空虚で仕方ないので、さっさと遊星なんて忘れようと鬼柳は頷く。ぐるぐるといつも戯言が浮かぶ頭だったが、こればかりは酷い正論だと思った。



自分の首を絞めて、殺して、遊星も殺す夢を見た。首に手をかけた瞬間の遊星の顔がとても穏やかで、怖かった。嫌な夢だ、でも、ダークシグナーの時の自分ならそれを喜んでいたのだろうと思うと堪らなく悲しかった。
クラッシュタウンに鬼柳が流れついて一ヶ月以上が経つ。この町の仕組みを理解してなんとかうまくやっている。髪もだいぶ伸びて、なんだか鬼柳京介という存在が消えてしまった気分だった。
なんとか生きていたが、遊星のような少年がいるこの町では時折心臓が張り裂けそうになる。過去の鬼柳京介を知っているらしく、リーダーであった時の姿を拝めるかとキラキラ輝かせた瞳が自分を目一杯見上げて、それだけで殺されそうに追われているような気分になった。遊星を忘れるとそう誓ったのに、意識は強まる一方である。ダークシグナーの時の夢を見る頻度は増えるばかりで、夢を見る度に息が詰まって毎晩必ず飛び起きていた。
死にたいと喚くのは簡単だ。簡単で気が楽になる。でも死ぬとまた地縛神に抱き留められる気がして、でももう夢を見るのも悩むのも考え込むのも遊星を思うのも、遊星を愛しく思うのも嫌になってくる。
限界だと、鬼柳は今日もまた負ける事の出来なかったデュエルを思い返して眠りについた。昔に憎悪を孕んでいた場所に触れて眠ると不思議とよく寝れる。

夢で見る自分はいつも道化のように、狂ったように、死人のように、悪役のように、殺人犯のように、とびきりご機嫌のように、ひどくクレイジーに笑っていた。
だけどその日はなぜだかそいつの首を絞める夢をみた。目覚めの気分は最悪だった。

朝起きて、一息ついて鬼柳は考える。逃げる事をあきらめる事にした。第一逃げ出して忘れようとして、なんて、勝手だ。あれは罪なのに。
俯くと垂れた前髪が視界を良い感じにぼやかしてくれる。だが向き合う度胸はない。やはり死ぬ時を待とう、遊星を愛しく思おう。
そう考えて今思うと、ダークシグナーの時の最期、遊星に最期を迎えさせてもらったあれが俺の理想かもしれない。遊星に首を絞められ遊星に殺され、遊星に埋めてもらって遊星に花を貰うのが、幸せな気がする。
しかし結局死にたいという思いが何も変わらない自分の頭はやはり戯言ばかりを垂れ流す安物のスピーカーよろしく、いかれてる。

鬼柳は遊星がこの町に来ている事も知らず、憎悪をとうに堕胎した腹を撫でて小さく小さく笑った。





*



題名は大好きな歌の名前を借りてしまったのですが…調べてみたとこ題名引用は著作権に引っ掛からないそうで、ずかずかと厚かましく名前を借りてしまいました。
そしてなんだか暗いだけの話でごめんなさい。

DS編後→CT編開始 の
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ここの鬼柳さんが気になって気になって色々考えてしまうそんなY子です。






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