「案外長風呂派なんだな、遊星って」

風呂を出て頭をタオルで拭いながらリビングに入ると鬼柳に声を掛けられた。まだ起きていたのかと思いながら、ああだとかはっきりしない返事をする。椅子の上に体を縮めて足を下ろさず座る姿がなんとも可愛らしいと言いたくなる様子で、目を反らすのに必死だ。

「ついでに浴槽を洗って来たんだ、それで」

「あ、なるほどな」

ふんふんと頷き、鬼柳は寝室に入って行く。まさか俺が風呂からあがるのを待っていてくれたのだろうか、そう考えると胸がだんだん温かくなっていくと同時に胸が痛んだ。
鬼柳は魅力的だ。勿論それは同性として友達として親友としてだ、つるめば楽しく話せば盛り上がる。それだけの筈だった、なのに、何故こうも鬼柳を愛しく思ってしまうのだろう。惹かれていきながら時折、酷い罪悪感から心がじくじくとした。

後を追うように俺も寝室に入る。暗い中を覗き込むと、壁際の敷布団に鬼柳が座っていた。父さんの寝るベッドのある側をこちらに譲ってくれたらしい囁かな思いやりを受け止めながら、俺も敷布団の上へ座る。
胡座をかいている鬼柳は何やら楽しそうに俺へ小さく声を掛けた。同時に小さく父さんの寝息が聞こえる。

「遊星と真横に枕並べて寝るのは初めてだな」

「…そうだな」

「楽しみにしてたんだよなぁ」

言い切って鬼柳は横になった。タオルケットを体に被せて、まるで犬猫のように寝やすい位置を寝返りを打ちながら探している。また、可愛いと思ってしまった。胸が痛い。

「なんか夜中まで語りあかそーぜっ」

「眠くないのか?」

「あ、遊星は眠いんだっけか。んじゃ悪ィ、寝よう」

「っ別に大丈夫だ、鬼柳がいいなら」

ひそひそとやり取りをしていたのに、鬼柳が寝ようと言った瞬間少し声を張り上げてしまった。しんとなった空間の中、互いに父さんへ視線をやるが父さんは規則正しく寝息を吐き続けていて、二人して肩を下ろす。

「…すまない」

「いやいや遊星が謝るとこじゃねって、俺が勝手に意見まとめただけで…って終わんねぇな、止めようぜ」

「ああ」

鬼柳の笑顔は強力だといつも思う。こうして言われると頷いてしまう訳だ。話術と笑顔を噛み合わせるとこちらは否定なんて忘れてしまうし、本当に鬼柳はすごい。
こういうところに惹かれて惹かれて、気が付けば恋していた。何故こんなに魅力的なんだろうか。
俺が持っていないものも持っているものも飄々と備え付けていて、見せびらかすでもなく披露する。その生き様が魅力的で仕方ない。それが無意識なのだからカリスマと呼ばずしてなんと呼べば良いのか俺には見当も付かない。

「じゃあなんだ…手始めにお泊り王道『お前の好きな子誰だよ』から行くか」

ぶっ、と、見事に噴き出す人間をみた事がなかった。しかしまさか自分がそれをする日が来るとは。無意識に出たそれに鬼柳が「ぅお!?」と控え目に奇声をあげる。どうしたとばかりに寝たままこちらを見られ、気まずくなって俺も横になってタオルケットを体に掛ける。タオルは頭の下に敷いた。

「おい遊星まさかその反応…」

「な、にがだ」

「ほらそれ、いるんだろ好きな子っ」

ぽそぽそと囁きながら実に器用な奴だ。言っちゃいなYOとおちゃらけられてはなんとも切ない。ここで鬼柳お前だと言ったって冗談と片付けられるし、第一言う勇気がない。というよりこの恋心はこのまま淡い片思いで終わらせるべきだと俺は自負している、間違っているんだからな。仕方ない。

「……そういう鬼柳はどうなんだ?」

「あ?」

「だから、『お前好きな子誰だよ』、だ」

「おいおい話反らすとか…まあいーけどよー…んー…」

考える様子を見せ、鬼柳は二三寝返りを打つと最終的に俺の方へ顔を向ける形に落ち着いたらしい。暗い中で視線を感じながらずっと天井を見てるのも不自然かと思いこちらも鬼柳の方へ向く。暗い中にぼんやりと浮かぶ鬼柳の輪郭に少しどきとする。楽しそうに笑っているのが伺えた。

「十六夜とか可愛いよなっ」

悪戯っぽいそれに真意が掴めなくなる。が、アキに興味があるらしいとわかると何か寂しい。第一に鬼柳はアキと交流はそうもないだろう。アキは学年は一緒だが鬼柳も俺も一度も同じクラスになった事はなく、ある一件から俺とは仲が良くとも鬼柳はそうは会っていない。
反応なく暫く考え込んでいる俺に、鬼柳は落ち着きなく体をそわそわさせて笑った。にやにやとしているのが暗闇の中でなんとなくわかる。さっきからどうしたのだろうか。

「鬼柳は、アキが好きなのか?」

「え?」

「違うのか?」

考えてみればもし鬼柳がアキが好きなら、もしもそうならこの終わりも落ち着きも報われもない残念な恋心に諦めが着くかもしれない。アキは気立て良く美人だし、俺からすれば異性とは思えぬくらいに気の合う親友だ。鬼柳が好きなのがアキなら、俺はもう鬼柳を見て胸を痛ませる必要もなくなるだろう。

「…いや別に…そーいうんじゃない、かな」

「本当か?」

「ははは、怒るなよ、可愛いよなぁって言っただけで…安心しろよ」

安心?意味がわからずつい首を傾げてしまう。怒る理由もない。さっきから鬼柳の言いたい意味合いが汲めなくて、なんとも居心地が悪い。

「まあ今は好きな子はいねぇかなぁ…好みは世話焼きな子だけど、高校じゃそんなのわかんねーし…」

考えて考えた結果か、鬼柳はうんうん唸りながらそう笑った。考えこまなきゃならない時点で好きな子がいないのではと掠めたが、どうにもそうらしい。
アキが好きならそれでよかったというのに。

「で?」

「ん?」

「遊星の好きな子は」

まあ大体わかるけどと鬼柳は笑う。…さっきから何か勘違いされている気がしてならない。何を勘違いされているかわからないが、なんともこう鬼柳の意図が読めなくてしかたない。

「…とても優しい奴だ」

「おお」

「笑顔は柔らかいし、人気者で」

「おう」

「……でも、友達のままで居たいんだ」

抱きしめていいなら抱きしめるし、キスをしていいならキスをしたい。伴侶に出来るのなら血の滲む努力をするし、一緒にいれるなら何も苦でもなくなる筈だ。
ただそれは出来ない。父がいくら応援しようと世間には定まった理があってそれに従わなくてはならない、いや、それを皆当たり前に従っている。それは正常で、同性に恋した俺は異常だ。

「大事な友人同士でいたいんだ」

「…そりゃあ…複雑だな」

うんうんと鬼柳は唸る。身じろぎをして寝返りを打ったかと思えば、もそりとタオルケットを抜け出して俺の敷布団に手をついていた。あのさと呟く鬼柳の顔は見上げれば目の前にあって、心臓が跳ね上がる。

「遊星って超良い奴だし皆から好かれてるんだよな、自覚ないかもしれねぇけどさ」

それはお前だろうと言いたかったが、だが鬼柳が言葉を考えるように息を吸ったので唇を開けなかった。

「だからさ、怖いかもしんないけど多分そいつは遊星を拒絶しないと思うから、思いを伝えてみた方がいいと俺は思うぜ」

恋沙汰なんて苦手だと自分で自分を卑下する鬼柳だがこれは迷いのない言葉だ。恋愛だとかそういう事でなくって人として道徳的に考えた内容なんだろう。人の悩みに敏感で支えてくれて優しくてたくましくて、明るくて、そこに惹かれる、どうしても。
鬼柳はきっと俺がスカートの似合う女の子を好きになっていると思っているんだろう。
こんなに目の前に居る鬼柳に、こんなに親身に俺の話を聞いて答えてくれる鬼柳に、何故それが違って本来好きな相手が誰かが伝わらないのか不思議でならない。
気付かれてはいけない、だが、伝わったら何か楽になるのではと何回も思った。けれどそれは、それでも鬼柳が変わらず友人でいてくれる人格者だと俺が甘えているから思える事だ。だからこれは、伝わってはいけない。

「…俺は、鬼柳とはずっと親友でいたい」

伝わってはいけない、絶対に伝わっててはならない。ぐるぐると頭に回るし理解している、何を口を滑らせているのか、俺は。
意味合いの伝わり難いそれを言い放ってから妙に静かになった心音を確かめるように胸元を撫でる、恐る恐る見上げた鬼柳は嬉しそうに笑っていた。
どきっと心臓が跳ねる。唇が震えて、それで鬼柳は言葉を発した。

「俺も、遊星と一生親友同士でいたいよ」

ばくんばくんと、心臓が馬鹿みたいに五月蝿いまま俺は苦笑した。何を考えていたんだろう、鬼柳の頭には微塵も俺から恋愛感情を向けられているかもかんて考えはないのに、伝わる訳がないのに。どうにかありがとうと返すと、鬼柳はそのまま自分の敷布団の方へ体を寝かした。

後はただただ下らない話をして、暫くしてからどちらともなく寝ようという提案をして寝た。俺はと言えばそれから少し眠れず、1時間は苦悶していた。

親友で居たいのは本当だ。鬼柳を愛しているし好きでもいる。
ただそれだけで虚しくないかと言われれば頷くほかない。
きっと俺は将来鬼柳にこれっぽっちも似ていない女性と結婚するんだろう。そして一生親友でいる為に努力も惜しまないだろう。告白なんて勇気のない俺は出来ず、今回のように後悔をまたするんだろう。

(…寝ている時は、とても静かだ)

普段は忙しなく動き回る唇が静かに閉じられている。色々なものに興味をやる目も瞼に閉じられいる。
どう思ってもこうしてじっと鬼柳を眺めたら胸は高鳴るし愛しく思ってしまう。どうしても愛しくて仕方ないと泣きそうになりながら思ってしまった。





*




一応…三部作完結です…!
基本拙宅の現パロの遊星君はこういう子っていう感じです、多分…いやその都度変わりますやっぱり←


ダメ過ぎるY子の作品故の補足

・京介君は遊星とアキが片思いしあってるとか思ってる
・京介君と遊星パパは風呂場で多分「遊星はいい奴だから一生親友でいたい」とか話した

…ちょっと今度加筆しにきます…orz


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