夢を見る。所々掠れてて、よくわからないし、音もない。けれど感情だけは妙に生々しくて、荒んだ視界に入る男性を見上げる自分は、嫌に心音が早い。
見覚えのない男性に頭を撫でられ、俺は思わず笑む。気を良くしたのか、そのまま頬を撫でられて、抱きしめられた。

なあ、    。

男性を呼ぶ自分の口。声はハッキリと聞こえた。男性は、なんだ、と言う。唇は動いていたけれど、声は聞こえない。男性は笑う。
俺も笑って、名前を呼んだ。

なんて名前だったか。名前があったのか。そもそも、アンタは誰なんだ。なんでこんなに胸が痛いんだ。

なあ、    。

アンタは誰だ。
よく眺めると掠れる顔。実体が無いようなぼんやりとした像に、けれど強く赤いマーカーが刻まれていた。それをなぞる、そして自分のものをなぞった。
自分のマーカーは黄色の筈だったが、違う。違う?よくわからない。



目が覚めると、見開いた瞼は閉じなかった。ボロボロと、有り得ない風に溢れる涙に息が止まる。心音が馬鹿みたいに静かで、まるで死んでしまったようだ。最近は徐々に、消えていた昔の記憶が思い出せるようになってきた。けれど、あの男性だけがわからない。誰だ、胸元を掻きむしりたくなる。

なあ、    。

会えないのか。もう頬に触れて貰えないのか。名前もわからない存在に、死んでしまいそうな程に胸が痛む。誰なのか、わからない。わかりたい。けれどわからない。無理に思い出そうとすると、酷く頭が痛んだ。




「先生、顔色が悪いですね」

ひょいと顔を覗き込んだラモンに、瞬いて一歩下がる。いきなり現れると、少しばかり驚く。いや、足音はしていたのだろうけれど、…ぼーっとし過ぎか。
彼の病的ににへらと笑う表情は、嫌いじゃなかった。

「陽射しが、暑い」

言えばラモンは建物の裏側の日陰に案内した。人気の少ないその場所は静かで簡素。近場にあったテーブルとイスを持って来て、此処に座って下さいと促す。甘んじて座ると、ラモンも横に立った。見上げて、気にせず地面に視線を下ろす。
暫く黙って、下げていた視線をラモンに移した。目が合って、反らさずに少しの間だけ見ている。ラモンはずっとこちらを見ていたのだろうか。首を傾げて見せると、ラモンは近寄る。
気にせず見据えた。そうして、髪を撫でられる。ふと、自分に触れる手が酷く愛おしく思えた。その手に頬を擦り寄せれば、一瞬驚いたように止まった手は、けれどそのまま後頭部に移動する。ぐいと頭を引かれて、唇を奪われた。
瞼を閉じて、好きにさせる。がっつく訳でもない仕種に、目的がよくわからなくなった。性的な行為を思わせないそれは、不思議に思える。
ふと、夢の男性を思い出した。彼ともこんな関係だった気がする。結局、一度も抱いてくれはしなかった男性は、しかし俺を愛していてくれた。気がする。
いくら催促してもキス以上をくれなかったのが、堪らなく悔しくて、堪らなく悲しくて、堪らなく怖かった。結局最後までそのままで………最後?最後っていうのは、いつの事を指すのだろうか。

唇が離れ、頬を撫でられる。思案していた思考がはっと現実に帰り、今更気付いたように唇を指先でなぞった。ぎゅうと抱きしめられて、無抵抗にそのままラモンの肩に額を乗せる。
躊躇いがちに名前を呼ばれて、ああ、と色の無い声で答えた。

ラモンは俺が好きなのか。暇つぶしなのだろうか。不思議にぐるぐる回る考えが気持ち悪くて、目眩がしそうでラモンの服をぎゅと握る。ラモンが離れて、またあの好きな笑顔をする。今のは少しばかり健康的に見えた。なんでだろうか。
用事があったら呼んで下さい。去りながら言うラモンを目で追って、そのまま空を見上げた。

俺は何をしているんだろうか。

なあ、ルドガー。



***



ルドガーが思い出せなくて、人肌恋しくてラモンに流されちゃう鬼柳さん。
ラモンは鬼柳さんに純愛してます。引き際を弁えちゃうくらい。







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