初恋の相手の鬼柳に片思いし続けるクロウ

※京ニコ、遊アキ、ジャカリ要素あり
 何年後かの話を捏造
 少しだけ性的描写有



*



時の流れとはよくある定型文が示すようにやはり早い、あっという間だ。クロウはその時の流れとやらに従ってもう大分良い年齢になっていた。彼のネックであった低い身長だが、年月をかけて成人男性には程よいだろう身長には伸びている。

「おー三ヶ月ぶりだな、クロウ」

そうしてその何年もの時を経ても何も変わりのない男を目の前に、クロウは肩を竦めて笑顔を見せた。鬼柳京介、今や若き町長と掲げられた彼は四捨五入を用いれば三十路である。何年か前に一度短く切った髪は再び伸び、また切り、この町で鬼柳とクロウが再開したあの時と同じ長さまでまた伸びていた。
大人びても老けてもいないその姿に、クロウはいつもほんの少しばかり安堵感を覚える。いや、流石に写真を片手にして比べてしまえば違ってくるのだろうが。それでも気構えというか、気持ちは十代あの頃のまである。

「おう、久しぶり」

「何か用があってこの町に来たのか?」

「いや仕事でな、たまたま近くに来たんだ。まあついでだな」

「そうか、あ、ニコいねぇんだ。俺が茶用意すっから」

そう言ってはクロウを椅子に座らせて鬼柳は立ち上がった。パタパタと軽やかにキッチンに向かい、裏口から顔を出してウエストを呼んでいる。今客来てるからなーと父親か兄か、とにかく保護者に相応しい優しい声色で横の通りで町の大人とデュエルをしているらしいウエストに声を掛けた。
この町はちょうどよい空気だとクロウは思う。治安が最低でも最高でもなく、なんとも過ごし易い空気をしていた。

「ジュースでいーかー?」

死角になって見えないキッチンの左奥から間抜けな声が聞こえる。鬼柳はコーヒーはインスタント派で、紅茶はからっきしだ。美味くないものを無理に飲みたくないし、それにどちからと言えばクロウとてこの年齢でまだ子供舌である。
大丈夫だと同じく語尾を伸ばす間の抜けた声で返せば、ん、と返事が返った。

「あのよー」

かちゃかちゃと音を立てながら、鬼柳がまた間抜けな声でキッチンの奥から何かを言う。クロウがなんだと思いながらも、返事を必要としないらしく鬼柳は話を続けた。

「クロウに話したい事があったんだ、俺」

語尾を伸ばさないヤケに真剣な声に、テーブルにもたれていた体を起こす。クロウは肩を竦めながら、改まってなんだよ、と笑い混じりに返した。

「今日は来てくれて本当に良かった」

そう言って鬼柳はひょっこりとキッチンの壁から顔を出して笑う。クロウはその昔と寸分変わらぬ純粋無垢な、悪戯っぽい笑みに思わず、どき、と、した。

「まあ、その…ジャックは二年…だったか?それくらい前に結婚したろ?」

「…そうだな?」

喋りながら鬼柳は炭酸飲料が入った涼やかな柄が描かれたコップを二つ手に持ちながら、クロウへ歩み寄った。

「どっちがいい?」

「ん、あ、じゃあ、こっち」

「ん」

オレンジ色の柄の入ったコップと水色の柄の入ったコップ。クロウは何も考えずに手前の手に持たれていた水色の柄のコップを受け取った。鬼柳は左手に残ったそれを自分の座る位置の前のテーブルに置く。

「三ヶ月前には遊星が、だろ?」

「そうだな」

鬼柳とクロウがお互い、最後に会ったのはその式の会場内でだ。祝儀の量の話しでケチだなんだと互いに笑い合っていたのを自然と思い浮かべたが、鬼柳としては話に続きがあるので「それでな」と真剣に続ける。

「俺さ、あの時、お前に酷い事させただろ?」

「……って、式でか?別にんな事は…」

「あ、違う、悪い。三ヶ月前の話しじゃないんだよ」

ぶんぶんと勢いよく首を横に振り、そして考え込むように鬼柳は口元に手を当てた。
暫く眉根を寄せたまま制止する。クロウが待ちながら何気なく、貰ったジュースを口に含み、飲み込み、鬼柳を見遣るとようやっと口を開いた。

「チーム、組んでた時」

「……ああ」

言い淀んだ理由を、クロウはなんとなく悟った。酷い事をした、ではない、酷い事をさせた、だ。こんな雰囲気でそんな風に言われる行為はクロウが思い付く中では一つである。

「俺あの時、愛情ってああいう事でしか表現出来ないって思い込んでたんだ」

「別に俺は」

「大切な仲間だったのに、本当に、歪んでた」

クロウ、と何回も甘い声で呼ばれて、背中を何回も引っ掻かれた。体験した事ないそれは甘美で、頭が何回もくらくらして目の前も何回も真っ白になった。底無しに何回も何回も求めたくなって、何回したかもわからなかった。大好きな、愛してる人間が自分へ睦言を吐く。いつも輝いている存在が自分の下で女みたいに、男のプライドをズタズタにされながら喜んで泣いている。堪らなかった。
昼下がりから時間が隔離されたみたいに静かな少し暗い室内でした時は、特に至福だった。クロウと何回も名を呼ぶそのリーダーは引っ切り無しに愛情を乞い、与えられると子供のように、しかし娼婦のように笑う。何も気にしなくて良い、鬼柳だけを見ていられると、体が悸いた。愛しかった。

「――――遊星とジャックは結婚した、でもお前、女が出来たとか、それらしい話すらを一切聞かないから、だから」

「鬼柳、」

「俺のせいか?俺が、お前にあんな事させたからか?お前を逸脱した場所に連れて行っちまったのか、なあ」

畳み掛けるように喋り続ける鬼柳の表情が、どうなんだと尋ねる表情が、まるで情事のそれのようにせつなく歪んでいて、クロウはぱっと顔を反らした。鬼柳が死んで、クロウの中での初恋は消滅した。しかし鬼柳は生きて帰ってきて、でもあの頃とは何もかもが違った。絆とは、仲間とは何なのか。鬼柳はそれを十分理解した。だから互いにあの頃の事には触れずに今まで生きてきた。触ってはいけない古傷なのだと。

だが鬼柳にとってスキンシップの延長線を不器用に引いてしまった結果の行為だとしても、クロウには何よりも至福な時であったのだ。遊星やジャックに同様の事をさせていたのは知っているし、三人同時にその行為をした事もあった。鬼柳はそれを喜んでいたし、女日照りした思春期のチームメイトには好奇心もまぜこぜにしてはノーと言えない行為だった訳だ。
遊星は何より仲間を、鬼柳を大切にしていた。その行為で鬼柳との絆を大事に出来るのであればと甘んじていた。
ジャックは他人を征服するのは好きな節があり、それが自らのリーダーであれば尚更であった。大切なリーダーだがその征服は鬼柳こそ喜び征服であるから、甘んじていた。
だから二人は過去を無かった事と出来るし互いに大事な女性を心から愛している。だがクロウは違う、二人と違い鬼柳から誘われたら甘んじるのではなくクロウから行為を催促した事が何回もあった。
クロウは鬼柳が好きだったのだ。鬼柳に行為に誘われる前から。鬼柳の言う女性を好きになれないそれが逸脱と言うのであれば、クロウが逸脱したのはある意味鬼柳のせいだが行為のせいではない。

「ばーか」

言われなきゃ表面だけは立派に親友でいれたのに。クロウは、目の前の目を丸くしている愛しい人間を見て、なんとか悪戯に笑ってやる。

「自惚れんなよ。女がいいに決まってんだろーが」

「え、あ、うぇ?」

「ったくよ、女作んねーんじゃなくってモテねーんだって」

ぺらぺらとよくまあこうも嘘つけるもんだ。クロウは目の前の目を真ん丸くしてしまっている人間を抱きしめたい衝動をなんとか抑える。
自分の発言が恥ずかしくなったらしく、鬼柳はみるみる内に顔を赤くした。それから「だよなぁ!」と何回も頷いて、真っ赤になった頬をさすっている。

クロウは嘘を言うのが得意だ。再びばーかと笑いながら、素直になれない自分に苛立っていた。
鬼柳に似た背格好を見掛ければ男だろうと女だろうと気になった。わざわざ好きでもない女を抱く気にもなれなかったし、抜くのであれば自分の下で顔を真っ赤にして快楽に震え自分を求めた鬼柳の姿を思い出したし、職場だと女にもそれなりにモテた。

「それならいいんだ、いや、なんか怖くってずっと聞けなくてな…でも、それなら言える」

「…言えるって、何をだ?」

話にはまだ続きがあるのか。クロウはキョトンとして鬼柳を見遣った。鬼柳は少し照れ臭そうに、あのな、と二回ほど呟く。おおよそ四捨五入をして三十路と計算される男の仕種ではないが、鬼柳にはそういう女々しい行動が似合う。昔からそうだ。
鬼柳は何も言わないが子供の頃から、その、逸脱した場所にいたように思える。受け入れる事に慣れきった体は男に弄ばれる事を喜ぶばかりだった。

だからそんな場所に鬼柳が一人でいるなら、腕を引かれて連れて行かれてもいい。そばにいてやりたい。何年経とうと変わらない感情だった。

「俺、結婚するんだよ」

「……は?」

「なんだよその顔、祝福してくれねーの?意外か?」

三ヶ月後ぐらいが予定な、と、鬼柳はクロウにピースしてみせる。アブノーマルであった事を知っているクロウを前にしているからか、鬼柳は少しばかり様子を見るような情けない笑顔をしていた。

――逸脱した場所にいた鬼柳がその場所からいなくなるとは、クロウは考えていなかった。その場所に留まる鬼柳と共にいる事こそ至福であれど、鬼柳のいなくなったその場所に一人で、独りぼっちでいる事は、微塵も考えてはいなかった。

「色々考えたよ、でも、ニコは理解してくれた。こんな俺でもいいって」

ああ相手はニコなのか。幸せそうに笑う鬼柳へ、クロウはなんとか返事を返して、笑顔を作った。











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