CT編後
鬼柳に片思いするニコ。遊京ではない



*



朝、低血圧な鬼柳を起こすのはニコの仕事だ。鬼柳の寝泊まりする場所は宿の2階、奥の部屋である。ニコとウエストはといえば長い間この町に暮らしていたので、父セルジオはおらずともなかなかに立派な家を持っていた。
ニコ達の家から鬼柳の寝泊まりする宿屋へはほんの2分もあれば着く位置にある。朝6時、鬼柳はまだ深い眠りについている筈だ。

コンコンと必要もないノックを響かせ、ニコは扉を開く。狭い室内にはテーブルと棚とベットがあり、それ以外はない。ベッドの上で胎児のように丸くなる長身の男性を視野に入れ、ニコはやはり熟睡中のそれに思わず微笑した。

ぎゅうと、寒いわけないのに寒そうに丸められた体は何か不思議な感じがするとニコはいつも見る度感じる。ニコよりずっと高い背なのに、寝る姿は縮こまっていてニコよりずっと小さくベッドに収まっていた。

どんな風に眠りについて、どんな風に夢を見て、どんな風に朝へ臨んだらこんなに体を庇う形になるんだろう。ニコは毎朝そう考えては、早く起こしてしまうと結論に至る。

(鬼柳さんは私には、何も言わない…)

遊星さんにジャックさんにクロウさん。特に、遊星さん。彼らには沢山話して、彼らは沢山知っている。ニコはそう考えて、寂しくなった。
鬼柳は元来兄貴肌気質で、そうも他人に甘えたがらない。仲間という対等の、信頼出来る相手にのみ寄り掛かるばかりだ。
20歳の彼から見れば20どころからまだ18にも17にも16にもなっていないニコは守るべき対象であり、寄り掛かりはしない。
何か悩みがあったって、ニコにはいつも笑顔を見せる。

(…脆いところがあるんだって、知ってるんですからね!)

今更毎日笑顔で接しようと、あの頃の抜け殻のような日々が無かった事にはならない。いやまあ、今は、全く無いのだろう。しかし彼が一度そうなったのは確かなのだ。
性質がそうなのは変えようがないのだから。


「鬼柳さん、起きて下さい。朝ですよ」

ぐっと頬に寄せられた肩口に触れて体を揺する。丸まっているのだから質量はありそうだが、彼の体はまるで骨と皮だけのように軽い。ニコはいつもそれにどきりとする。
ゆるゆると眠そうに瞼が開き、金色の瞳と目が合った。睫毛長いなぁと、ニコは震えるそれをじいと眺める。

「朝ですよ、ご飯、私達の家で食べますか?」

「ん、ぁ、悪い…な」

たのむ、と眠そうに言い残して、鬼柳はごろんと寝返りを打って布団に潜ってしまった。暫し間を開け、ニコはなんとも言えない苦い、しかし笑みを含んだ顔で、鬼柳さん、と少しキツク呼び掛ける。

「……ん?」

「起きないとダメですよ」

「……んー」

返事と呼べない返事に、ニコは口を尖らせた。いつも酷いがこれは酷い。普段は触れれば素早く起きる人なのに。
もう一度名前を呼んで、ダメだったら髪の毛三つ編みにしてから頬をぺちぺちしてしまおう。うん、と、ニコは頷いた。
と同時に背後の扉が開く。思いの外の時間がかかったからウエストかしらとニコが振り返ると、そこにいたのは小さな弟でなく、目の前の想い人の友人だった。

「遊星さん」

「すまない、鬼柳は此処だと聞いてな…」

寝ているのか、と遊星は呟く。遊星は時折この町に訪れるのだが、こんなに朝早くに尋ねるのは珍しい。何かあったのかとニコが尋ねると、遊星はいやと頭を横に振った。

「ただ、WRGPの予選突破をして、その話をしに…」

「………遊星?」

むくり。丸まっていた布団ごと起き上がった長身がぐるっと体を遊星のいる扉の方向へと向ける。
ニコは、ぽかんとした。眠い眼を擦ることなく、鬼柳は遊星へ「久しぶりだな!」と声を掛けている。いくら起こしても起きなかったのに、と、ニコは寂しくなった。仲間とはすごい、鬼柳さんの低血圧なんて吹き飛ばしてしまうんだ。うなだれて、漏れた笑みをそのままに鬼柳の抜け出たベッドへ座る。

「あ、ニコ、起こしてくれてありがとう。いつも悪いな」

にっこりと振り返り言う鬼柳へニコも笑顔を返して、「遊星さんも朝ごはん一緒にどうですか?」と尋ねた。それがいいと鬼柳が笑って、遊星はそれじゃあと頷く。

(…何歳になれば、鬼柳さんの隣に立てるんだろう)

鬼柳に肩へ腕を回されじゃれつかれる遊星を眺めて、ニコは笑顔のまま、悔しい気分になる。
ニコ自身知らない日々が沢山あり、彼らには表しきれない絆が沢山あるのだ。だからたまに会いに来るだけ、会いに行くだけ、それだけでこんなにも互いに満たされる。でもそれが羨ましくて、悔しい。毎日隣に立とうと走っているのに、途中から歩いて来た人に鬼柳さんの隣を立たれてる。ずるい、とは、絶対に適さない言ってはいけない言葉だと分かっている。だけど、と、ニコは唇を噛んだ。こんなに鬼柳さんを好きなのに。










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