紳士なブルーノが気になる女体化鬼柳ちゃん
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ブルーノに初めて会ったのは遊星達がチームユニコーンとの対戦が決まったと聞いて、俺がネオ童実野シティにふらりと遊びに来た時だった。
なんにも知らせずに気楽なもので、俺は遊星達が暮らしているポッポタイムの扉を開いた。鍵なんか掛けていないらしく扉は簡単に開いた訳だが、中を覗き込むも誰もいない事がわかる。
そりゃまあ平日だしなぁ、つまらない。ふーと息を吐いて「誰かいねーのー?」と望み薄に声を上げながら階段を下りた。すると、手前にあった黄色をモチーフにしてあるバイク(D・ホイールかもしれないが、カバーが被されていてよくわからない)の影から人影が飛び出た。
「うわっ」
人が居たのか吃驚して、その拍子に階段から足を踏み外してしまう。と言っても二三段滑っただけて、尻餅を着くと落ちる格好は止まった。
少し痛いなと眉根を潜めて打った腰を摩ると心配そうに駆け寄る人影が目に入る。見上げてみると、そこにはジャックくらいに身長の高い男性が居た。
「お、脅かしてごめん!大丈夫…?」
「あー……まぁ…多分、えっと?」
紺色より少し明るい色彩の髪色だと見上げて思う。瞳はどんよりとした灰黒で、とにかく身長が高い。しかしなんだか草食動物を思わせる温厚な雰囲気だ。
「あ、ああ、僕はブルーノ。立てる?」
「……多分」
ブルーノと言うと、話は遊星から何度も聞いていた。とても頼りになるメカニックで記憶喪失者なのだという。
なる程、確かに性格は良さそうだ。差し出された手に捕まり、立ち上がる。
「っ…あ、ストップ、ちょ…待って、くれ」
「え?あ、痛む?」
「………ちょっとだけな。悪い…」
足首をちょっくらぐねったらしい。左足を軸にして立ち上がるのは難しそうだ。
肩に捕まってと促すブルーノに従い、差し出された肩に両手を置く。さてどうするかと悩むと「無理はしないで」と言われた。
…俺がブルーノに対してはともかく、ブルーノが俺に対して警戒心がない事が少し気になる。ブルーノも遊星に俺の事は聞いていたのだろうか。
「捻ったの?ズキズキする?」
「ん…そだな…」
「立てないようなら、とりあえず、はい」
そう言ってブルーノは今度は俺へ背中を差し出した。手に肩に背中と、なんとも優しい奴だなと広い背中を眺める。
「……ありがとうな」
「ううん大丈夫だよ」
「……俺の事は知ってるのか?」
「鬼柳君でしょう?遊星から話は聞いてるよ、はい」
スタンバイオーケーとばかりに背中を向けるブルーノに苦笑して、お言葉に甘えて後ろから首へ腕を回し、寄り掛かる。
やはり遊星から話は聞いていたらしい。俺を妙な過大評価する遊星の事だ、ブルーノに変に大きい印象を与えていなければ良いのだが。…。
そのまま所謂おんぶの体制を取るとブルーノは立ち上がった。そしてそのまま前方に見えるソファに連れて行ってもらうのだろうと、そう思っていたのだが、どうしたというのだろうかブルーノは止まってしまう。
「……どうした?お、重いか?」
一応自分は女子である。胸がAちょっとだろうと生理が来るのが遅かったという過去があろうと女子である、体重は気になってしまう。様子を伺うように前方のブルーノの顔を覗き込むと、なんとも複雑な表情のブルーノがそこにいた。
「……ブルーノ?」
「君、鬼柳君だよね…?」
「え、あ、ああ。まあ、そうだが」
「…ううう嘘つき…!」
何がだよ、と言い返す前にブルーノはだだだっと前方にあるソファまで駆けて行き、しかし存外丁寧にソファ上へ俺を下ろす。
そして足首は大丈夫かと律儀に尋ねた後に、再び「嘘つき!」と困惑顔で言った。
「お、女の子じゃないか…!」
「……はぁ?」
「鬼柳君じゃなくて、鬼柳ちゃんじゃないかぁあ…!!」
「いやお前、何言ってんだ」
「遊星は女の子だなんて一言も言ってなかったんだ、ごめんね、失礼な事ばっかして…あああダメだよもう男の人に背負って貰っちゃ、いいね!?」
「あ、うん……わかった、けど」
背中に胸当たったのか、と、なけなしの自分の胸に触れる。ああまあ確かに押し付ければ凹凸が無くもないか、とぼんやり考えればブルーノは再び「ごめんね」と頭を垂れた。それについ、笑いが漏れてしまう。本当に律儀な男だ。
「何謝ってんだよ、お前」
「いやだって僕、君の事男だと思ってたし…」
「あー仕方ねぇって、遊星に話聞いて男だと思ったなら俺のした事が男まさりだったって事だし…それに格好も口調もこれだしな」
「でも、」
「いいって。ありがとな、こんな優しい奴が遊星達の側にいてくれて嬉しいよ」
言えばブルーノはなんとも言えない複雑な顔で再び「ごめんね」と謝る。…優しいが、なんとも不器用そうな奴だ。
だがまあ第一印象は良いものだったと思う。正直好感が抱けた。
次に会った時は、チーム太陽と対戦だと聞いた時であった。また同じようにポッポタイムへふらふらと遊びに来たのだが、少しばかりあの時と違ったのは「ブルーノ居るかなー」なんて考えていたからである。
ノックなんかせずに扉を開いて室内を覗き込むと、そこには遊星達のD・ホイールは置いてあれど誰も居ない状態だった。
「お邪魔しまーす」
意気揚々と階段を降りて辺りを見回すと、この間ブルーノが触っていた黄色のバイクが目に入った。どうやらこれはブルーノの物らしい。明るい彼には似合うなぁとカラーリングを眺めていると、2階へ続く扉が開いた。
「あ」
「ああ、こんにちは」
見上げた先には、ブルーノが居た。おっとりと笑顔を見せるその姿になんだか胸が高鳴って、嬉しくて、俺は小さく手を振る。同様に手を振り返してくれるのがやっぱり嬉しくて、俺はなんて表現したらいいのかわからないその感情を持て余しながら「遊びに来ちまった」と悪ふざけをするように苦笑した。
「構わないって、ゆっくりして行くといいよ」
「ありがとな。あ、遊星達は?」
「すぐ帰って来ると思うよ」
「そうか」
じゃあなんか話しようぜ、と言おうとして階段を降りてくるブルーノを見上げる。そうして、あれ、と俺は違和感を感じて動きを止めてしまった。
「ブルーノ?」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや…」
何か遠い目をしていた気がしたけど、こちらへ首を傾げて見せるその笑顔を含めた動きは、何も違和感なんてないブルーノそのものである。俺疲れてんのかな、と苦笑して、なんの話をしようと高鳴る胸を撫でた。
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