CT編後の遊星と鬼柳


*



鬼柳が時折、宙を一点眺める時がある。昔はなかった癖だと俺はすぐ思い、そうして時の流れを感じた。
ネオ童実野シティへ顔を出しに来る鬼柳は疲れている様子は見せやしない。それどころか大会の準備を手伝うと言ってみせる。
鬼柳と呼ぶと鬼柳は笑った。へらりと笑うそれは以前となんら変わらぬ筈だ、しかし、何か泣きそうなそれに見える。
その意図を読み切れない俺は何故鬼柳の傍らに居られないのだろうかと胸を締め付けられた。
きりゅう、再び呼べばどうしたなんて優しく鬼柳は返す。そんな苟且にも程がある態度に、俺は少しばかり胸を撫で下ろして安心してしまうのだ。情けなかった。



「あのな遊星」

その日のポッポタイム、昼下がりには俺と鬼柳しかいなかった。
クロウは配達が伸びてまだ帰っておらず、ジャックはいつものように喫茶店でティータイムと洒落込んでいる。ブルーノは身元をこちらに預けて一定の期間を過ごした為、形ばかりの検査を受けに行ったらしい。
毎日行うエンジンのメンテナンスをしている最中、鬼柳が声を掛けた。例の宙一点を見詰めるそれをしながら、鬼柳は手元のマグカップを親指で撫でながら呟く。
汚れた頬をつい汚れた手で拭ってしまったのを煩わしく感じながら、半歩離れたところに丸椅子を置いて座る鬼柳見上げた。

「遊星は笑うかもしんねーけど、話していいか?」

「笑ったりなんかはしないさ」

「そうか」

「鬼柳が真面目なんだ、絶対に笑わないと約束する」

「ありがとうな」

やっぱり遊星は遊星だ、と鬼柳は微笑んだ。鬼柳は一度死んでしまってから変わった。纏う雰囲気が、変わった。
でと首を少しばかり傾けて促すと、鬼柳はあのなと秘密を話す子供のように少し複雑そうに、ただ少し楽しそうに唇を開く。俺はそれ目で追って、どうしようもなく焦りを感じる胸をなんとか落ち着かせようと小さく息を吐いた。

「今の人生が幸せ過ぎるんだ」

「………そう、か」

「ああ」

それは良かったな、と、続けて言うのは簡単な話だった筈である。しかし手元のマグカップをぎゅうと抑えるように握り、ひたすらに水面を覗き込む姿にぞくとする不安を感じた。

「鬼柳…?」

「あのな」

ぽつりと呟くそれがガレージに異様に響く。俺はそれに少しだけ、ほんの少しばかり怯えてしまった。
鬼柳とまた名前を呼びたいのを堪えて次に紡がれるだろう台詞を待つ。体制を立て直すと爪先でドライバーを蹴ってしまったが、鬼柳はその転がるドライバーを少し目で追ってからは俺に目線を遣った。
薄い色素の鬼柳の瞳は月みたいに綺麗な金色なのに、奥の奥まで瞳が覗ける。作り物みたいだ。

「幸せ過ぎて、怖いんだ」

「……鬼柳…」

「考えてみてくれ、俺は町の奴らに慕われている今日だって皆俺をネオ童実野シティに見送るのを笑顔でしてくれた、俺は今や町長みたいなもんだ誰もが慕う…死んだ事もなかった事になってる、俺が犯した罪なんかもなかった事になってる、誰かに愛されてる」

「それは鬼柳が、」

「必要とされてるんだ、あんな、あんな事をした俺が」

眉根をひそめて鬼柳は悩むように顔を俯ける。角度からよく見えるその表情は悲壮や自嘲ではない、困惑だった。
過去を激しく思い出しているのだろう、表情は暗くなる一方だ。

「だから俺は思うんだ、遊星」

「……何をだ?」

暗い表情から展開されたなけなしの微笑みをこちらに向けて、鬼柳は躊躇いがちに暫く唇を開閉する。

「俺は本当は死んだままで、全部、気前のいい神様の見せてくれてる夢なんじゃないかって」

「………鬼柳、それは…」

「そう思うと世界が堪らなく愛しくて、切なくなるんだ。な、馬鹿だろ?」

笑えよとばかりに鬼柳は俺へ笑顔を向けた。どうにも笑えない話である、だってつまり鬼柳は自分はダークシグナーとして、いや、独房で死んだあの瞬間が人生の区切りであったのではと。そんな最期を哀れむ神が夢を見せてるのではと、そう言っているのだ。
神を知っている鬼柳の言うそれは、あまりに切ない話である。
勿論俺はこれが夢でない事を知っていた。何故なら自分には意思があり、鬼柳へ哀れみではなく愛情を抱いているからだ。



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