鬼柳とニコの馴れ初め



*



夜、ニコはふと目が覚めた。なんという事はない、恐らく冷え込んだ昨今、まだ厚手の毛布を出していない為に寒さから脳が覚醒したのだろう。体を半分起こして、ずり落ちた毛布を手繰り寄せて身震いをした。やはり少し寒い。キャビネットに掛けていた自分の上着を取るべく寝台から立ち上がり、同様にその上へと置かれている古い小さな時計を見遣った。父の形見でもある木製のそれは針も木製で、綺麗な細工がされている。――深夜もいいところ、針の指している数字は大分遅い時間を示していた。
ニコはそう考えて上着を取り、羽織る。タオルケットを重ねて使えばいいかしら、とガラス張りの棚を見遣って、歩み寄った。横目に写る窓から見える夜空は、怖いくらいにただ黒い。目をそちらに移し、暫く眺める。そうして対して気には止めず、棚からタオルケットを取り出した。


タオルケットを毛布の上へ重ねて掛け、寝台へと潜り込む。それで眠れる筈だった。しかしどうにも寝付けない、目が冴えてしまっている。
ちくたくと小さくなる時計の針の音と、静まり返った町の静寂が妙に映えて聞いているとふわふわとそれこそ夢を見ている気分だ。瞼を閉じるもなんとも眠気は訪れない。
そうしてニコは寝台から抜け出してリビングへと向かった。隣の部屋ではウェストが寝ている為に扉を慎重に開ける。もう子供じゃないもんとウェストは一人部屋を所望した、だがニコ自身不安だった。二人は日頃一緒の寝台で寝ていたのだ。父が山へ送られてからというもの、毎日身を寄せ合い沢山の話を布団の中で眠くなるまでした。ウェストがうとうととしだすとニコは話をする声を小さくし、次第にウェストの返事を必要としない話をする。暫くするとウェストは安心した顔で寝るのだ。
それからニコは寝返りをうって一人、潜めた声で嗚咽を堪えた。父の存在がない事、今いる場所が引っ越してから一ヶ月と経たない内に二人で住む事になってしまった事、何に頼ればいいのかという事。不安で堪らなかった。夜が怖かった、不安を駆り立てられる。朝方には希望感じ、しかし夕刻には人が死ぬのを嫌でも耳にした。―――父は、無事なのだろうか。不安で胸が一杯なのに、幼い弟に同じ事を尋ねられれば笑って大丈夫よと宥める事しか、ニコには出来なかった。それがニコには酷く残酷で、悔しかった。胸が痛かった。不安だったのは、一人が怖かったのはウェストではなくニコである。ニコは、それを気付いていながら気にしないでいた。
今も父の落ちるあの瞬間を、ニコは夢に見た。何度も何度も、その度にニコは声に成らない悲鳴を上げるのだ。それを宥めるのは白い掌で、夢の中だろうと幾分と安堵するのだった。

階段を降り、リビングへ向かう。今はまだ治安が改正されたが、以前の治安の良くなかったこの町をなんとも外傷なく生きたニコは暗闇なんて怖くなかった。お化けなんていう非科学的な存在が現れないのはよく知っているし、何よりそんなものより何処か無用心に鍵をかけ忘れていて強盗が入っていたら、という事を考えてしまう方が恐ろしい。お化けは確かに怖いかもしれないけれど、でもお化けに人が殺されたっていうニュースは聞かない。しかし強盗に一家が惨殺されたというニュースは聞く。そういう事だった。
死は、怖い。父の死を毎日気が気でなく不安になっていたニコはそれを強く思っている。父の死を目の当たりにしたからこそ、その思いは強い。
だから、死を所望していた鬼柳という一人の男性の事も、特別視をしたに違いない。戯れに吐くのと真剣に言うのでは雰囲気が違うのだとニコは思った。鬼柳という、死神と非難するように呼ばれていた彼は地獄を知っている風だった。


 ―――父が山に送られてから一週間、ウェストが一人の男性を連れて来た。ほらあの鬼柳の兄ちゃんだよと子供であるウェストの中では、子供が大好きなヒーローのよう存在であったその男性はとても面倒そうに、しかしコートの裾を引っ張る小さな少年に強い抵抗が出来ないのか、ふらふらとウェストの後を着いて来ていた。
その男性は一週間前にニコ達の父親を山へ送った張本人だったが、ニコには不思議と怒りの感情は湧かなかった。父親はいつ負けるかわからないと子供達に毎日言い聞かせていたし、ニコもそれは強く心に根付いていた、だがだからとは言う訳ではない。
小さい子供に振り回されようと何でもいいとばかりの無気力な様に、ニコは唖然としたのだ。いつも遠目から見ていたから、そんな人だろうとは考えてはいたがまさかここまでなんて。ニコは背の高いその男性を見上げる。長い前髪から覗く薄い黄色をした瞳はあまりに色素が薄く、瞳の奥まで覗けそうだった。じと眺めてしまえば目が合って、ニコは気まずく目線を反らす。
何がしたい、と、男性はウェストに言った。家の中にまで連れて来られた為に男性は困ったように辺りを見回すが、目当てのものが見つからないと最後には再びニコへ視線を戻す。夕食を作っていたニコは何か、と首を傾げた。

「親は、いないのか」

ぽつり。吃驚とか唖然とも呆れとも疑問とも確定とも言いきれない声で言い、男性はニコに目線を合わせる。
………一週間に私達の親に勝った事を、覚えてないのだろうか。ニコは瞬きをして、はいまあと頷く。あの時は確かに離れた場所に、しかし父の後ろに立っていただけだった。だがしかし、覚えていない、みたいだ。

「気をつけろよ、物騒、だからな…」

笑いたいけど笑ってない、という言葉がよく似合った顔だった。眉根を潜めたそれは酷く弱々しくって、その男性はそれだけ言うとウェストの頭を撫でて家を出て行った。印象とは違う風体に、ニコはその男性、鬼柳京介がどんな人なのか、気になるようになったのだった。



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