12








鬼柳さんが無事見付かった!ラモンは喜んでいた。共に探してくれたルドガーや作業員らに大いに感謝して、そして自分の部屋に鬼柳を泊めようと提案してくれたルドガーへ土下座する勢いで感謝している。
見付かった時の鬼柳の姿は酷いものだった。青痣が顔に残り、口端からは血が垂れていた。掌は砂で切ってしまったらしく両手共に砂でぐちゃぐちゃになった血液がくっつき、髪は何本もその場に抜け落ちていた。足首は捻ったらしく、腹部は鬱血していたのだった。しかし鬼柳はなんともないといつもの調子で笑っていた。
それがラモンには堪らなく不安で、同時に愛しく思える。鬼柳のそういうところに惹かれてしまうのだ。

鬼柳が泊まるという事で、ラモンは引き出しから新しいシーツカバーを出したりなどして寝台を整えた。今まで使っていた枕や布団をソファに運び、寝台へ鬼柳が眠る為の準備をする。今ルドガーが背負って鬼柳をこちらに向かわせてくれている。
ルドガーがこんな提案をしたのは、深夜で鬼柳の家へ運んでは騒ぎが大きくなるからという事は勿論、ラモンの恋路の為でもあるのだろう。ルドガーはラモンの鬼柳への恋心を理解していたし応援もしていた。

せっせとラモンは準備をするが、鬼柳へ何かやましい事をしたい訳でも期待している訳でもない。だが愛しい人間を迎入れる訳なのだから最高の環境にしなくては。ラモンは深呼吸してみせた。

元々、家に呼んで一緒に酒を飲むというプランで、それすら緊張していたのに。まさか同じ屋根の下で一泊だとは。いや寝台は別なのだが。そう思うとラモンは不謹慎にもあの四人組へ感謝したくなってしまった。
そして同時に、鬼柳の言った言葉を思い出す。

「話したい、ねぇ」

ラモンは、いや、恐らく町の大半というかほとんどと言うか、無関心である以外の人間は全員アイツらを邪魔者にしか感じられていなかった。仕方ない、前向きになっているこの町でアイツらはウジウジといつまでもマルコムらが支配していた時の事に縋り付きたがるのだから。邪魔で仕方ない、空気の読めない存在でしかなかいのに。人間としてそれはあって当たり前の感情なのだろうが、復興中に目に入ってはどうにも鬱陶しい。
それなのに鬼柳はその存在をどうにか同じように前向きにさせたいのだという。お人よしというかなんというか。
しかしやはりラモンは鬼柳のそんなところにも惹かれる。自分がそうして前向きにさせられたのだから。

(…応援はしたいですがね)

明日、きっと鬼柳さんはあいつらの面会に行くと言うだろう。ラモンは支度の済んだ周囲を見回した後、玄関前に設けられた食卓スペースの椅子に座った。
だがその前に医者に行ってもらいたいわけである。ラモンという町人としても個人としても、鬼柳京介という人間は大切な人物なのだ。
以前彼が風邪をひいて2日家に篭っただけで町はとても暗かったのだから、あの人のカリスマ性はなんというか、凄まじい。ラモンはそれをよく知っているし本人もそれくらいわかっているだろう。
だから今回の怪我を軽視してまた後日に「悪化しちゃった」じゃ笑い事じゃない訳だ。
現在時刻は26時。近場の街へ朝方病院へ行かせるより、朝方にこちらへ医者が着くよう手配した方が早いだろうか。考えて、やはりこの町に医療施設がない事はかなり不便だと眉根を寄せる。
近場の街、というのがそうも遠くないから事足りてしまっていたのだが、今回のこのケースを見てはそうも言っていられないだろう。施設さえ準備出来れば小さな建物でも良い訳なのだし、今度相談してみようとラモンは頷く。
そもそもこの町の人間がどうにも元気なのが復興作業において医療施設が後回しになる原因に感じてならない。場所柄、老人なんかも多くないのだし。

とにかく医者は手配しとくべきだろう。朝方に電話を寄越せばいいか、それともルドガーが既に何かしら準備しているだろうか。あいつはなんとも有能な人間だからなと嫉妬にも似た感覚でラモンは苦笑する。鬼柳さんもああいう人間と友人でいたいのだろうな、と。
鬼柳京介はカリスマ性に溢れた人間だ。デュエルの腕は勿論、話術に長けているようにラモンには感じる。なんというか人として素晴らしいものを持っていた。ただその反面、何か重いものを抱えているのもかつて先生と彼を呼んでいたラモンにはわかっている。
だから、そんな人間にはやはり何か長けた人間が似合うのだろう。ルドガーは頭が良い、気も効く。難点は無愛想な点だが記憶が戻ればどうなのかなんてラモンにはわかりやしない。
そう、鬼柳はルドガーを知っている。ルドガー自身ルドガーがわからないこの状況で、鬼柳はルドガーを知っている。その妙な関係にラモンは何かもやもやとしていた。

そんなもやもやを打ち砕くように、ごんごんと扉が叩く形でノックされる。来て欲しいようでなんだか来て欲しくなかった瞬間にラモンは肩を弾ませた。胸がどきどきとする。
扉を開こうと手を伸ばす前に、不躾に扉が勝手に開かれた。おいと拍子抜けしながらもラモンは既に開いたその扉のドアノブを掴み、扉を完全に開く。

「おいルドガー、なに勝手に開け」

てんだ、と続けようとしたが言葉は止まった。扉の先で既に踵を返しているルドガーが目に入ったからである。おいと3回目ながらに言おうとしたが、ずるっと室内に雪崩込んで来た人間を反射的に抱き留めて言葉は止まった。
挨拶もなしにさっさと帰ってしまったルドガーは既に夜闇に紛れて見当たらない。ラモンは拍子抜けして暫く黙ったが、あれ、と冷静になって血の気が引いた。
鬼柳を背負って来たルドガーはさっさと帰りそして今、自分の腕の中に誰か人間が収まっている。それは誰だろうかなんて考えて考えて考えて、かぁと顔が熱くなった。

「……すまない…座らせてくれないか?」

凭れ掛かられた首元でそう囁かれて、ラモンは頭が真っ白になる。なりながらも、なんとか先程まで自分が座っていた椅子に向き直って鬼柳を座らせ、そして開きっぱなしの扉を締めて鍵を掛けて、一息ついた。振り返れないと苦笑しながら。

「…悪い、なんだかいきなり気分が悪くなって…」

「あ、いや、そんな。大丈夫ですよ」

流石に失礼だと、なんとか振り返って鬼柳を見遣る。確かに顔色が悪いかもしれない。眉根は寄せられ薄い呼吸になんだか心配になった。もしや打ち所が悪かったのだろうか、医者を早々に呼ぶべきだろうか。
こんな人間を玄関先で放り出すなんてルドガーらしくもない。何かあったのだろうか。医者を呼びに行った風でもなかったし。

「横になりますか?」

「いや…」

「水飲みます?」

「……ラモン」

片膝に手を付き、俯く覗き込む形で鬼柳の顔を見遣る。そうしてラモンは、細々と息を乱す鬼柳の姿を確認した。そしてぎょっとしてしまうくらいに泣きそうな顔で、言葉を無くす。
なんとか鬼柳の名前を呼んだと同時か、鬼柳は俯いて震えている唇を開いた。

「ルドガーに、話し、たんだ」

「え?」

「…全部」

肩が震えたのを見て、ラモンは混乱する。話した、とは、何か。考えてはすぐわかる、ラモンに言うという事はラモンにわかる内容という事だ。つまりそれは、と、言えずに鬼柳を見遣る。

(クラッシュタウンだった時の事、か)

眠そうに下ろされかけた睫毛から覗く黄色の目が、涙っぽく湿っていて綺麗だと思った。どう見ても骨格や佇まいは男性で、喉仏だって綺麗に影を作るし声質も立派な男声そのもの。なのに何故こんなに魅力的で、惹かれるのか、こうして近付くと時折押し倒したくなってしまうのか。ラモンには不思議でならない。どう見ても男性なのに、性を感じさせない神聖で背徳な雰囲気を感じる。

「……嫌われたよな、あれ」

「……そんな事は、ないですよ」

やはり親友に人を殺したなんて言いたくなかったのだろうか。何度か本人に聞けと催促をしたラモンは罪悪感に胸を痛める。
確かに先程のあれは距離をおいていたように見えた。家をくれ仕事をくれた鬼柳という人間をルドガーは尊敬していた訳だし、あんな大量の墓がその人物のせい、というか、その人物に関わりがあるとなると。良い顔は出来ないだろう。

(それなら、俺に一言も言わなかった理由もわかるしな)

ラモンの事を合わせて話さなきゃ話は進まないだろう。多少は名前を出した筈である。仮に違ったとして、ラモンの元で鬼柳が間接的に殺しをしていたなんて事をルドガーが知るのは時間の問題だろう。

「……どう、しよう…」

ボロボロと、とうとう溢れ出て膝に落ちた涙をラモンは眺める。
鬼柳は何度も何度もどうしようと呟いた。
それを見て、ラモンは何か違和感を感じる。何かなんてハッキリ言い表せないのだが、しかし違和感がひしひしと伝わった。…何か。

「鬼柳さん?」

もしかして、と、浮かんだ仮定にラモンはいきなり胸がひどく痛む。だって可笑しいだろう、つい先日までそんなにルドガーを気にしていなかったのに。仕事に構いっきりだったのに。ラモンからルドガーの話題を振ると話に乗って。学生時代に素直になれない女友達がいたのだが、それによく似ているとラモンは思う。
もしそうであれば、どうりで性を感じさせない訳だと思ってしまう。いやしかし仮定だ、あくまで。

「…難しい事は、明日考えましょう」

「……」

「今日はとりあえず体整えて」

「……ああ」

ぼんやりと床の一点を見詰める表情は悲しみだ。そんなに悲しいのかとラモンは眉根を寄せる。そんなにも嫌われた事が怖いかと、こちらまで悲しくなった。
立たせようと肩に触れ、鬼柳の顔を覗き込む。眠そうな子供そのものの顔は涙に濡れ、活発な町長とも死を望む先生とも違って見えた。
ラモンは嫌な事ばかり考える自分が憎い。鬼柳はルドガーを好いている、これは確実だ。しかしルドガーは鬼柳をよく思わなかったようで、それが、安心してしまう。醜くて仕方ない。鬼柳がそうだというのもまだ仮定だったが、だがもし鬼柳がルドガーにそういう愛情があるのであれば鬼柳はそちら側の人間という事だ。恋愛対象が女性だけでないと、そういう事になる。それなら、と、

(…最低だ)

仮定だ。あくまで。自分が同性を好いたからと世界まで変わる訳ではない。なんだってこんなに都合良く考えるのか。ラモンは頭を控え目に抱える。

「ラモン」

「え、はい?」

「………すまないな」

ぽんぽんと冷えた掌に頭を撫でられる。ラモンという男は存外単純で、それだけで言い表せない喜びに顔が熱くなった。
迷惑をかけて、心配をかけて。そういう事だろう。運ぼうと差し出した腕に掴まり、鬼柳は怠そうにラモンの胸へ収まった。

どき、と、ラモンは煩い心音に瞼をきつく閉じる。なんだってこんなに愛しいのか。いつからこうだったのか。思い出せないくらいにきっかけは些細だった。
笑顔を見せる元死神は尊敬に値した。それだけで好感を抱けたのに、掌は冷たかった。人間らしいそれに惹かれたのが始まりだったとラモンは思う。

首元へ凭れる鬼柳を見下ろし、綺麗な頭髪へ目を遣った。そうしてつむじの辺りへ掌を添えて、その自分の手の甲へ口付ける。
つむじにすら直接にキス出来ない事が情けない。苦笑してから、ラモンは案外軽い鬼柳の体を寝室へ運んだ。

(明日は医者を呼んで、ああ町長の仕事もこれを口実に暫く休ませよう、それから自分の仕事と…)

ルドガーにも話を。ラモンは頭を垂れながら、音にさせずに溜息を吐いて、色々と大変そうだと、するしかないだろう苦笑をした。



***

ほんとはお口にチューさせたかったんですがラモンと書いてヘタレと読むラモンさんなんで無理でしたまる









小説置場へ
サイトトップへ


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -