人間関係
「狂介君って本当頭いいね」
「うっせーよチビ。黙って席帰れ」
プリントへ下ろした視線をそのままに、横から俺の手元を覗き込む図書委員君に毒を吐いてやった。しかし図書委員君はめげずにわあわあと言う。はあと溜息をして見せるも、図書委員君は気にしないようだ。怒鳴り散らすのも面倒で、気にせずペンを進める。
今は国語の授業中だ。ただ、国語教師のディマクが素晴らしいドジっぷりを発動して、やるつもりであった小テストのデータがパソコンからぶっ飛んだ、とかで今日はプリント配布の自習。だから席移動は自由だし私語も炸裂。そんで俺は一番後ろの席だから更にフリーダム。
ディマクはディマクで自分のやってしまったドジに反省しまくってるのか叱りすらしない。そんなんだからルドガー先生に叱られるんだよディマク、情けね。
「トビー、そんな奴に構ってるとミスティさんに怒られるわよ」
「ううん、大丈夫。姉さんが言うほど狂介君は悪い人じゃないもん」
「お前ら黙ってろっつってんだろが」
隣の席のクソアマが図書委員君に声を掛けたかと思えば、図書委員君が俺をフォローする始末だ。あー頭痛い。
とりあえずプリントは簡単だったし終了。からりとシャーペンを机に転がして、ポケットから携帯を取り出す。すると、隣の席のクソアマが俺のプリントをさも当たり前のように取って行った。おいおい。
「なに、狂介もうプリント終わったの?」
「呼び捨てすんな。あとプリント返せよばーか」
「あってんの?全問間違えとかじゃないの、どうせ」
「渚さん、狂介君は実は結構頭いいんだよ。姉さんもそこは認めてるし」
実は結構、とか、そこは、とか、ね。こいつ単純で無垢そうな顔しながらに中々にきっついな。
返事代わりのような、はははと棒読みな苦笑をして携帯を開く。メール来てんの確認してから、クソアマの手中にあるプリントをひょいと取った。
「狂介、写させてよ」
「いやだね。あと呼び捨てすんな」
「じゃあ、鬼柳君」
「きめぇ」
がんっと良い音立てて机を蹴られた。ざわざわとしている教室内だが、少しばかり会話が途切れてこちらに視線が向けられた気がする。見返してやったら皆また会話を始めたけど。
つかなんだこいつ。おっかねぇ女だな本当。なんでこんな奴と席隣なんだよ信じらんねぇ泣ける。右隣は名前順で小久保とか言う女子なんだけど、左隣りは名前順でダーリー渚。ああ本当ありえない。しかもコイツの隣も名前順でトビー。こいつら入学式から俺に馴れ馴れしくて喧しくて仕方なかったからマジ超うぜぇえ。でもまあなんだかんだで仲が良い。まあ俺だって協調性ねーけど、校内で身の寄り所くらいは欲しいわな。つーか、俺を拒絶しないクラスメートってこいつらくらいだな、そういえば。
「………まあ…しゃあねーから、なんかくれたら写させてやんよ」
「じゃあ消しゴムあげる」
「僕も」
「いや消しゴム三つも要らねぇし。つかテメェもかよ」
「僕国語は苦手なんだ」
ころりと机に置かれた、無地の消しゴムと良い香のするシリーズの消しゴム。恐ろしい事に無地の消しゴムがダーリーので、良い香りなんたらがトビーのだ。お前ら性別逆転でもしとけ。
そして再びさも当たり前のように取られたプリントはもう諦めて、置かれた消しゴムを文房具らしい文房具の入っていない軽いペンケースに納める。わあわあと写し始める二人を尻目に、俺は届いていたメールをぞんざいに確認して、携帯をポケットに戻した。
「携帯いじってもディマクのお叱りがねーのな。変な感じだ」
「先生を呼び捨てしちゃ駄目だよ」
「ディマク先生落ち込んでるからね。また自分で自分責めてるんじゃないの?」
まあ自習だし、叱るような雰囲気じゃあないか。でも俺がいじるとディマクはどんな時だろうと叱るんだけどな。あんなクソ真面目に叱んのルドガー先生とディマクぐらいだよ。まあディマクはルドガー先生リスペクトしてんだろうけど。
二人を見てみると、二人共せっせと答えを写していた。確かにプリント配る時に自習用だけど一応成績に加わる、とか言ってたけどお前らがっつき過ぎだろ。妙に冷めた思考で考え、それから教卓付近に椅子を持って来て沈み込んでいるディマクを見遣った。
ざわざわしている教室の中、あそこだけぽつんとディマクが一人静かに座っていた。
なんか目茶苦茶落ち込んでる、な。いつもドジっぷりを披露しているけれど、あんなに落ち込んでいる様を見たのは初めてかもしれない。
ああ、あれか、日頃の積み重ね?一気に欝ったんだろうな、ドジっぷりに。俺ドジとかした事ねーからわかんねーや先生。まあドンマイ。
「……写し終わったら机の上置いとけよー」
「はいはい」
「狂介君、どこか行くの?」
がたりと音を立てて席を立つと、トビーとダーリーに見上げられる。返した表情はへらりと我ながら気の抜けた笑顔だ。しかし今からする事を考えるとなかなかに笑える。こーゆーのは、小学生からも中学生からも成長してないと思うよホント。
「ちょっとセンセイ励まして来る」
「あんまイジメちゃダメよ。ディマク先生、メンタル弱いんだから」
「はいはい」
口角を上げたまま、面倒臭そうに注意するダーリーに適当な返事をする。トビーは行ってらっしゃーい、なんて気楽に言うし、やはりあの二人はなんだかんだで俺と同類項だと思うわ。
楽しけりゃ酷くない事ならセーフ精神、っての?だから仲良く出来るんだな、多分。うんうん。
「ディマク先生、大丈夫っすか?」
「……鬼柳か」
「なに落ち込んでんだよーらしくねーのー」
俯いたままのディマク。の頭。綺麗に剃髪されたその頭をじいと見て、好奇心でぺそりと掌を乗せた。
けれどなんの反応もない。ので、そのまま離すのもなんかアレだと思い、そのまま頭を撫でて遣る。わあああツルツルしてるよ新境地新境地。わあーい。
「……慰めてくれているのか」
「さあ?」
「………すまない」
「謝んなくていーよ。先生は先生らしく居りゃあいいじゃん?」
ぺしぺしと痛まない程度に撫でていた掌を上下させる。やはり無抵抗なディマクに遣り甲斐を感じられず、肩を竦めて苦笑した。もうちょっと、こう、さ。なんか言えよ、つまんねーの。
「ま、確かに?昨日は3年の授業内容を始めるとか訳わからないドジ発動したけどさ、気にすんなよ」
「………ああ…」
どんより。漫画なら雲とかそういう類の加工入ってそうなくらいディマクは更に落ち込んで見せる。ああ、こりゃ重傷だ。可哀相に、目茶苦茶楽しいわ。
「先週も、表裏印刷する筈のプリントの表に表裏の文字を全部印刷して大変だったしなぁ…」
「……………ああ」
楽しい楽しい。目茶苦茶落ち込んでるじゃん。何この図体おっきいメンタル弱い大人。超俯いてるし、これこのまま床に沈むんじゃね?
あっははは………いやそろそろ洒落にならないか。やめとこ、うん。
ちらりと自分の席の方を見ると、トビーが両腕を掲げてバツサインを作って首を振っていた。なにあれ、ストップサイン?ディマクってあの位置からも止めなきゃならんの分かるくらいに酷く落ち込んでるのが確認出来んの?すごいな落ち込み方。
「あー……まあ、でもさ」
「………ああ」
「みんなさ、そーゆーディマクが好きなんだよな、多分……うんうん、わかる?ドジだけど優しいじゃん。だから皆ディマクが好きなんだよ、うん」
うわ話繋がってないなこれ。フォローにならないなこんな酷い日本文。言って暫くは天井を見上げ、少ししてからそろそろとディマクを見遣った。
するとディマクは俯けていた頭を上げ、俺を見ている。少しばかり吃驚して、半歩後ろへ引いた。
「俺のコトバ伝わった?」
「……」
「そうやって思い詰めた顔すんなよー。笑顔のディマクが一番だぜー?ほらニッコリ笑えよ、スマイルスマイル」
「…だがこんな顔で笑ったってな…」
真剣にそう言い、ディマクが頬に触れるものだから俺は口角が上がった。大の大人が何を気にしてんだ。乙女かお前は。
つか言った通り、やはりディマクは笑顔が似合う。こうも沈んでいる顔は見ていて詰まらない。真面目でドジるディマクや、笑顔なディマクは楽しいが、真面目に沈むディマクに面白みはカケラもないと俺は思う訳だ。。
「ディマクの笑顔は可愛いぜ?ハグしたくなる、うん」
「……」
「だから、失敗したって笑えばいいじゃん。難しい顔すんのは簡単だぜー?ルドガー先生だってああも怖っえー顔してっから皆に馴染むの時間かかるだろ?」
「………そこは否定出来んな」
「あ、ほら良い笑顔。これからは笑っとけよ、な?」
「…ああ、そうだな」
笑顔っつーか、笑ってるっつーか。まあいい顔だ。沈んでるよか断絶良いぜ。
あれ、からかいに来たのに結局励ましてんなこれ。ああ俺って優しい奴だなホント。ハナマル貰えんぜこれ。
「鬼柳は優しい子だな」
「……は?」
ぽんぽんと頭を撫でられ、少しだけ俺放心したかも。言われた言葉が何回も頭に響き、理解して、でも理解したくなくて暫く表情が固まったまま頭の中がぐるぐるとする。
優しい?だ?あ?いや自画自賛すんならいいんだけど他人に言われ慣れてないってか、子ってなんだよガキ扱いかよ。つか頭撫でるとか本当にガキ扱いじゃねぇか。優しい子、って、なんだよ。俺ただからかいに来たのに流れに負けたっつーか、てか頭撫でられたのとか久しぶりだな。うん。
「………どう、いたしまして」
「ああ」
とりあえず、がくんと俯いて、撫でられるままにした。違う、頭が付いていけてないだけだ。別に頭撫でやすいようにとか、そんなんじゃない。ああ違う。
「ディマク」
「なんだ?」
「…今度から授業の準備、付き合ってやろーか?」
「……手伝ってくれるという事か?」
「てめーどうせこれからもドジしまくんだろ?その都度俺に迷惑掛かんだったら、いっそ手伝ってやるよ。つか俺有能過ぎて目ん玉飛び出んぜマジで」
うわぁあ目茶苦茶早口。つか俺なに提案してんだよ心臓うるせぇ。ばーかばーか。死ねっディマク死ねっ今すぐ死んじまえ。
ディマクの撫でる手が止まったので、頭に乗った掌も気にせずいきなり頭を上げた。ざわざわと煩い教室を控え目に見回し、それからディマクを見遣る。
ああ笑ってるよ、うん、良い笑顔だぜ。某ハンバーガーショップでバイト出来そう、なんて、俺何考えてんだか。
「では、たまに手伝ってくれ」
「………おう」
「すまないな、助かる。鬼柳は本当に優しい子だな」
「……………おうよ」
随分と弱々しい声が出たかもしれない。顔赤くはないよな、ああああ心臓うるせーなにこれムカつく。死ねディマク死ね!腹立つなんだよこれ!
呼んでくれれば手伝いに行くから、となんとか伝えて、俺はずかずかと席に帰った。どかりと椅子に座ると、肘を着いたダーリーが苦笑してこちらを見ている。なんだよ。
「案外わかりやすいタイプね」
「…は?」
「なんでもないわ。はい、プリントありがとう」
「いや、意味わかんねーし」
理解不能。睨みつけたダーリーはそのまま気にせず小説を読み出した。
首を傾げ、渡されたプリントを机に置く。なんかまだ心臓うるせーし。なんだろなこれ、うっぜー。教卓近くに居るディマクを見て、舌打ちをした。
***
クラスメートと先生出せて満足!新境地に挑戦してみました!
そして文字数ぎりぎり…長くてごめんなさいorz
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