心配性な遊星と生きたい鬼柳



*



「別に今は死にたいだなんて思っちゃいねぇよ」

京介は笑った。それが言葉とは反して少し嬉しそうな、そんな感情を含めたそれであったから遊星はほっとする。
京介が突如「死に境界線を感じないんだ」と言った事から今回の話題は始まった。クラッシュタウンが解放された今、京介は明るさを取り戻している。
彼がいう通り、やはり京介はもう死を望んではいない。

「……境界線がない、というのは?」

「ああ、ないんだよ」

「それは」

「一歩跳ねれば横並びにあるんだ、死は」

ぞんざいなジェスチャー混じりのそれは至って飄々と説明される、が、遊星はそれを恐ろしく感じた。
京介は誰よりも死を知っているだろう。一度死ぬ人間の感情を、知っている。
遊星も冥界を歩んだ事はあった、しかしあの時は彼を救った父親の存在があった。
京介の場合では違う。墜ちた先、更なる下方に冥界に留まる邪神がいて、それに受け止められた。深く深く抱き留められて、取り込まれる。恐怖があるかは知りようがないが、その時に見上げた暗闇に光はなかった、死に、留まった。
だからこそ京介の言葉は重い、そう、死は遠いようですぐ近くにあるんだ。踏み外した瞬間、あっという間に落ちる。

「だから死ぬ事は簡単に考えられたんだよな」

「……」

「死ぬって、案外そんな、辛くないんだ」

あっという間に、深い闇に体が埋まる。その内、何も考えられなくなっていって、無理に生き返らされる方が気分が悪いんだ。京介は言った。
考えながら聞き、悩む。鬼柳は死ぬつもりはないと言った、しかしこの話題は些か物騒だ。遊星は眉根を寄せる。

心配をよそになのか、わかってか、京介は笑った。

「でも俺が言いたいっていうのはな、そんで俺が生きる事の良さに気付けたって事なんだよ」

「…それは」

「死にたいとか生きたいとか、そういう事なんかじゃあないんだ。生きれるって事は何にも変えられない希望で、生きる事は至極当然な話なんだよな」

「……」

「なんか寒いかな今の台詞、悪ィ」

「いや、そんな事はないが」

「いいって別に」

京介は笑った。力無いそれではないので、遊星は落ち着いて「そこまで分かっていたなら、何故」と死を求めた事を聞いてみる。すると京介は、ああ、と質問に良く答えようと思案してみせた。

「あそこには神が居たんだ」

「…神?」

「邪神だけどな。神が居た、サテライトにはいなかったモンだよ」

サテライトに教会の残骸は幾つかあったが、しかしどれも貴重なステンドグラスがあとかたもなく盗まれ、金目の細工も消え失せ、別な廃屋達と何も変わらぬ建物となっていた。
サテライトに神はいない。十字架を切る人間もいない。誰も神を縋りはしなかった。

「正直、神っつーのが何をしてくれるかなんて知らない、けど、邪神だろうとあの時の俺には輝かしい立派な存在だったんだ」

死の神、死神と呼ばれていた京介は、何を思っていたのだろうか。清々しい笑みのその死神に、遊星は「生きてくれ」と笑い返した。京介はわかっている、とばかりに、笑った。



 






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