CT編後
帰るつもりの鬼柳と帰したくない遊星



*



「なぁ、遊星」

京介は苦笑する。ひたすら困ったように笑うそれは、京介の腰に纏わり付く遊星には見えない。明朝、ポッポタイム、遊星の部屋として割り振られた部屋は少し広いので、京介はそこへ寝泊まりしていた。しかしそれは勿論床に布団を敷くという事だ、ジャックもクロウもまさか、殆ど裸の状態で二人して遊星のベッドで寝ているとは思わないだろう。

京介が此処に来たのはつい昨日だ。本当にふらりと訪れて、そして積もる話をした。大会の話にサティスファクションタウンの話。今日という日は京介がそのサティスファクションタウンへと帰る日だ。沢山やる事を残して来た京介は明朝、今、もうこの場所を去るつもりであった。しかし上手く行かない。京介は苦笑する。

「何も今生の別れじゃあないんだから、な?」

「だが」

「俺は消えないし、死のうともしないからさ」

「…きりゅう」

「泣くなよ」

天井を眺めて、笑いながら京介は後ろ手に遊星の頭を撫でた。遊星が泣いているかなんて京介には見えないし、実際遊星は泣いていなかった。しかし次第に遊星は肩を震わせる、そうやたらに感情を動かす男ではない。涙なんてそうは簡単には出さなかった。
けれど京介は言う、釘を刺したのかもしれない、彼自身泣いてしまいたかったのかもしれない。

「忙しいからな、遊星は」

「……嫌だ」

「次いつ会えるかね」

「そうだ、鬼柳…此処に」

「は、住まない。帰らなくちゃいけないからな」

帰る。遊星は胸がぎゅうと締め付けられる感覚を、京介に強く抱き着く事で堪えた。
京介にとって帰るべき場所はサテライトと呼ばれていた場所にも、シティと呼ばれていた場所にもない。彼の居場所はあの渇いた匂いのする町だけであった。彼が必要とされる場所はあそこであり、この場所にはない。

「それに俺が此処に居たら、お前ら多分、参るよ」

京介は笑う。

「あと俺も参る、耐え切れない」

省かれるのは嫌なんだ。京介は床に落ちていた部品を一つ拾い上げる。ライディングデュエルなんか出来ないし、するつもりもない、京介は笑う。整備だって出来ない。京介が此処にいてできる事は何一つもない。
京介が人に頼られる事を生き甲斐としているのを、遊星は痛いくらいに知っていた。だからこそ、遊星はもう何も言えない。

「それじゃあな」

今生の別れでなくったって心が裂けそうになる時はなるんだ、遊星は叫びたかった。
しかし別れを言う京介の顔が、表情が、これ以上ないくらいに綺麗で遊星は「ああ」と返す事しか出来なかった。

それはあの日彼をヒーローと讃えた時に見た顔だった、京介は誰か必要とされて輝く男だ、遊星は京介のそこに憧れ、恋をした、しかしそれを意識すればする程に京介と深い仲にいた自らの立ち位置が恐ろしくなって来たのだ。
鬼柳は俺に必要とされるから愛を囁き返すのでは、と、遊星はそれを怯えた。
鬼柳は俺が必要とするから抱かれるのではないか、と、遊星は酷く怯えた。

「きりゅ、う」

「ん?」

「行かないでくれ」

ぼろりと、遊星は泣く。
泣くなよと、笑っていた京介はそれを見ては全ての仕種を止めた。吃驚、している。遊星が泣く姿は初めて見たからだ。
遊星、と、京介は名前を呼ぶ。震えたそれに遊星は顔を上げるが、京介は顔を背けたので遊星は顔を覗き込む事が出来なかった。

「お前には、沢山、居るだろ」

「…沢、山…?」

「遊星には沢山、居る。でも」

俺には居ないんだ、と、京介は笑った。片手で事足りると、京介は笑う。でもあの町には沢山居るんだ、と。
遊星は分からず首を傾げた。
何が、と、尋ねる。京介はいいよと首を横に振った。

「此処に居たら俺は、遊星に依存しそうだし、嫌だ」

「俺、に…?」

「じゃあな」

するり、と、力の抜けた遊星の腕から抜け出た京介はベッドから下りる。脱ぎ散らかした服を拾い上げて京介は部屋を出て行った。まだ明朝だ、誰に見付かる事なく服を着替えて帰れるだろう。



*









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