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どさりと倒れた瞬間に見上げた夜空はやっぱり綺麗で、なんだか変な気分がした。ただ、不思議な気持ちだった。

「あー?もう限界ですか、町長サンよぉ!」

「ふっ、ぐ…ッぁ」

倒れた体、腹部に踵を落とされて目を見開いてしまう。激痛だった、吐き気とそれと血の気が引くのを感じて、夜空を、ただ見上げた。瞬間に身を丸めて腹を庇う。痛みをやり過ごすように荒い呼吸をして、それからなんとか体制を立て直した。見上げた男達は満足していないのだろう、まだ行動を続ける様子である。

俺は、言葉と真意を繋ぎ合わせるのが苦手だ。行動と態度でいつも示してきた。だから、どう言葉にすれば気持ちが伝わるのかわからない、わかりやしない。だからと取ったこの行動は、あまりよろしくはない事はわかっていたが、ただ、これが一番に思えたのだから仕方ないだろう。

はっ、と荒い息を整えるも服を裂く勢いで襟首を引っ張り上げられた。眼前にこの中ではリーダー格らしい男の顔が迫り、その荒い息を少しばかり潜めて見据える。

「そういやアンタ、マーカー付きだったなぁ」

思い出したように俺の顔を見ては呟かれた。だからなんだとばかりに見返せば男は肩を竦める。なんなんだと眉を潜めると、男は俺のそのマーカーを指先で撫でた。無骨な指のその慎重な手つきに寒気がする。嫌な記憶が蘇る、そう、あの時の事だ。あの時のあの嫌な記憶が。

「上から下まであるマーカー入れられるなんて、相当な事したんだろ?」

「言えてるなぁ、俺達よりデケェぜそのマーカー」

なぞるようにマーカー全体を撫でられ、ぞっとする。暴力を振るう最中にマーカーを撫でられるだなんて、嫌な事だ。本当の本当に止めて欲しい。瞼を閉じると笑い声が聞こえる。
確かに男達のマーカーは少ないものだった。チップを埋める部分の三角の形をしたそれのみの奴と、遊星と似たマーカーのような奴。一回で付くマーカーの面積は罪状により決まっている。基本相当な大罪を犯さない限りはそのくらいの面積になる訳だ。
俺はと言えば、セキュリティへの反逆と爆テロとセキュリティの人間に重傷を負わせた事から、先程男が言ったように上から下までの面積になった。
相当な罪を犯したのだろうと言われれば、否定は出来ない。

「セキュリティの方にも随分世話になったんだろうよ」

「……何が言いたい」

「さぁなぁ?」

なんだ、とその意味深な笑みを見遣る。男はそのまま俺の襟首から手を離した。

「昔何したんですか、町長サン」

「……さぁな」

嫌味ったらしく先程の男と似た口調で含み笑えば、むとしたように顔色を変えるのが伺えた。ああわかりやすい男だ、しかしまあ、煽ったその先は如何にするかな。
そう思えばやはり男はかっとなったのか俺の胸元の服を掴み上げた。服の生地が肌に食い込み痛いなと顔を顰めるが、やはり独房での事を思えばほんのさわりにもならないくらいに痛くも、怖くもない。死にはしないのだから。しかもこれでコイツらが考えを直してくれるのなら、万々歳だ。

そう小さく笑ったと同時、ガンッと激しい音がした。鉄か木材かに何かがぶつかる音だと判断した瞬間、それが再び鳴って視界から男が二人減っている事がわかった。なんなんだと、それを理解した時にはもう一人も消えていて、俺の胸元の服を掴む男のひっという情けない声が聞こえる。
反射的に少しばかり視線を下げれば地面に横たわる男達が伺え、再び視線を上げると見慣れた姿が見えた。背の高いそれは月明かりで影を作っていたが、しかしそれが誰かなんて容易に判断出来る。

「ルド、ガー」

少しばかりくすんだ金髪に、着慣れたシャツの姿は見間違えようもなくルドガーだった。その後ろにラモンと、それと作業員も何人か居た。しかし先頭はルドガーであったし、何より言いようのない感情が湧いてしまってそれしか言葉に出来ない。
横たわる男達がルドガーらにのされたのだと理解する頃には俺の胸元は解放されて、ラモンに抱き起こされていた。

「……お前らなんで」

パチパチと何回も瞬きをする。抱き起こす手に触れ、見上げたラモンは眉を潜めていた。ラモン、と、名前を呼ぶ。我ながら情けない、泣きそうにも聞こえる声だった。

「っなんで、じゃ、ないですよ!!心配したんですから!」

「お、う…」

聞きたいのは何故ここがわかったがなのだが、有無を言わせぬ姿にたじろいでしまう。心配そうに顔を覗き込まれては何も言えない。取り出したハンカチとも言えない布切れで口元を拭われ、そこで漸く口元に血液が纏わり付いていたらしい事に気付いた。ようよう見れば、体制を立て直す時や無意識に受け身を取っていた時に地面に着いた掌も擦り切れて血に塗れている。存外自分が酷い状態であるのだとそこで気付いた。

「ラモンさん、こいつらどうします?」

「とりあえず支部に連れってておいてくれ。明日はセキュリティ来るしな」

支部というとセキュリティの仮設の建物の事だろう。セキュリティが来る日にはそこを支部として使っている為にそう呼ばれている。一応その場所を担当する人間はいるし、場所柄から一時的に罪人を隔離する部屋も用意されていた。
わざわざ連れて来たのだろう比較的ガタイの良い作業員らに取り押さえられた男らを見遣り、ラモンを見上げる。

「捕まえるのはダメだ、止めてくれ」

「はい?」

「話をしたい、罪人じゃない、町の人間だろう、こいつら」

言うもラモンは複雑そうな表情をして、辺りの奴らを振り返り、再び俺を見た。あの、やら、いや、やら、ハッキリしない風に呟く。「気持ちはわかりますけど」と言い、しかし首を縦には振らなかった。
まあ確かに立場が逆で、俺がラモンの立場でラモンがアイツらに同じ事されたのに、ボロボロの姿なのに同じような事を言ったらラモンと同じ反応を俺はするだろう、だけど、今あいつらを理解しないでほっぽり出したら終わってしまう。セキュリティに引き渡したらもう通じ合える機会はない。兆しのありそうな、少しばかり後悔をしているように俺を見遣る取り押さえられた男を二人見て、ラモン、とまた名前を呼ぶ。ラモンは眉根を潜めた。

「…何にしても野放しには出来んだろう。拘束はするがセキュリティには引き渡さない事にすればいい」

低い声色がそう提案する。良い提案だと顔を上げる、が、それがルドガーの言葉であったのだと気付いた途端にさっと血の気の引く感覚がした。見遣った位置にいるルドガーと目が合うが、ルドガーは俺が今こうして傷だらけでいる理由を知ってはいない、知っている筈がない。どんな気持ちでそれを提案したんだと、聞きたいが、黙る。ルドガーはなんとも表現のしようがない表情で俺を見返した。

「そうすれば良いだろう?」

「あ…あ、ああ、そうだな…そうしてくれ」

はっとしてがくんがくんと頷く。ラモンに寄り掛かりながら立ち上がり、引きずるように連れて行かれる男達を見送った。縋るようにしなくては立っていられないと捻ったらしい足首の痛みに眉根を潜める。
ルドガーは一歩離れた所に立っていて、それが何かすごく、悲しい。

「あ、っと……その、二人共、すまないな」

ラモンとルドガーだけが残ったその場で言えば妙に言葉が響く。なんとも虚しくて、縋っているラモンを見上げると赤い顔でブンブンと首を横に振られた。ルドガーを見遣ると「無事で良かった」と、抑揚ない冷めた声色で言われる。ちらとだけ見る目が、なんだか冷めてるように見えたのは暗い周囲のせいだろうか。無愛想なのはルドガーの性質だが、何か寂しくてならなかった。


どうにも二人は俺が家を訪ねるのがあんまりにも遅く、不審に思って探しに来てくれたらしい。憶測ではあったがあの四人組に襲われているのではと見当を当てて、更に憶測で場所を当たって探したようだ。その際に酒場にたむろしていた比較的信用のある作業員を連れて来たらしい。結果は上手い事、事態を収拾出来たという事だ。
……出来たのだろうか。結局、あの四人に信念を伝えきれなかった。その前に俺の体が持たなくなっただろうとは思うも、だけど、無念でならない。また後日あいつらに会いに行こうとは思う。
いやしかし、本当に何人もの人間に迷惑をかけてしまった。ラモンやルドガーは勿論、わざわざ息抜きの最中に探しに来てくれた作業員らにも礼をしなくては。

「医者に看せるにも、朝にならん事にはな」

ルドガーはそう言って体に酷い以上はないかと俺の様子を見た。この町に医療施設はなく、近場の街に行かなくてはならないのだが、今の時刻では街に着く時間なんて夜中と朝方のちょうど間ぐらいである。
簡単な触診でルドガーは俺の体に異常がないか試すが、そんな酷い傷はなさそうだと俺自身思う。

そう伝えればルドガーにおぶられた。そうして今に至る。


「夜中だからな。近いしラモンの家で休むといい」

「いやでも」

「そんな姿で帰れば老夫婦に心配を掛け、ニコ達を起こしてしまうぞ」

俺はラモンの家へルドガーが家に帰って朝に事態を告げる、と、ルドガーはそう言っておぶる俺を抱え直した。ラモンは先に家に向かって片付けや準備をしているらしい、あまり部屋が綺麗でないらしいのだが、別に構わないのに。むしろ泊めて貰う分際だ、床で寝るのでも構わない。

「……本当に、色々とすまない」

「いや、それはラモンに言ってやってくれ。あいつはお前を本当に大事にしているからな」

揺れるルドガーの背中に擦れる傷口が痛む。腹部も今更になってズキズキとしてきた。頭も痛い。だけど、傷の痛みよりも鼻腔を擽るルドガーの香りに泣きそうになった。縋り付いたルドガーの背中からの体温や匂いが、どうにもあの頃と変わらなく感じる。何故だろうか、環境も違うのに。ルドガーがルドガーであるからだろうか。愛しくて堪らなくなってしまう。

「…そうだな、あいつ、優しいからな」

「ああ」

とくんとくんと、静かなようで早い鼓動がやけに心地好い。ルドガーに触れている部分が暖かくて、幸せを錯覚してしまいそうだ。
なんで、何も覚えていないんだ。考えては胸にぽっかりと空間が出来てしまったように、ぐらっと空虚な感覚がする。

「なあ、鬼柳」

「………なんだ?」

改まって声を掛けられ、少し緊張して声が唇から小さく溢れるように発される。なんだろうかと身構えてしまう、改まったその様子に嫌な予感しかしなかったからだ。とくんとくんとそれなりに静かであった心音が、うるさくなり始める。
ルドガーの呼吸がとても鮮明に感じた。ラモンの家へ向かう間だけ、この距離でいられるのだ。おぶられた体は一歩進む度に揺れる。言うのを躊躇うように二三回呼吸をして、しかし思いきったようにルドガーは言った。

「…質問が、いくつもあってな。全て聞いて構わないか?」

どき、と、痛いくらいに心臓が跳ねる。嫌だと叫べたらとんでもなく楽なのだが、そうはいかない。一旦息が止まり、そうして嫌な汗が背中をじわりと湿らせた。声が震えてしまいそうで本当に本当に怖い。
何を、だなんて聞けなかった。何を聞かれるかなんて決まっていた。

「………ああ、答えられる範囲なら、構わない」

言ってしまった。ああ言ってしまった。下唇を噛み締めて、瞼をぎゅと閉じる。怖い、震えてしまわないように気をつけて息を潜めた。

「――大量の墓の事と、それと、あの四人組が何故お前を恨んでいるのかという事だ」

やはりそれらを聞かれるのか。息が止まってしまう。なんとかごまかせないかと思案しながら少しずつ息を整えた。無言を続けては不自然だ、だが、ルドガーとて質問の内容は知らずともそれが軽い内容ではない事くらいは理解している。応えを急かす様子はない。
俺は、人殺しだ。それを隠すつもりはない、償っていくのだと決めた。だがルドガーにそれを言いたくなくて仕方ないのだ、だって、ルドガーにそれを知られたら俺は、嫌われてしまうだろう。それは何よりも嫌だった、記憶のないルドガーに俺の本当の事を言えば、言ってしまえば。

「それと、何故私を避けているのかを尋ねたい」

ルドガーに嫌われてしまう。俺は相手に媚び売るのは苦手だから嫌いで、だから今までだって愛していたルドガーに改めて愛情を浮かべて顔を合わせる訳にも好かれようと行動する訳にもいかず、なんともなしに避けてしまっていた。それは距離は縮まらないが嫌われる事はないからで、だから、ああもう頭がぐちゃぐちゃで言葉が、浮かばない。
これはもうこの可哀相なくらいに情けない恋路の最期の時なのだろうな。考えたら、酷く残酷な瞬間に感じて仕方なかった。




***



後日加筆修正しにくるかもです。









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